【I&S インサイト】療養担当規則における経済上の利益提供等の禁止の整理
DATE 2022.09.30
執筆者:越田雄樹
はじめに
我々が医療機関にて医療(診療)を受けるにあたって、受けられる医療は主に①保険診療と②自由診療に区別されます。
保険診療は公費によって患者の診療における負担金を減らしていますが、その一方で、公費の投入を無秩序に行うべきではないという観点等から、医療機関が診療報酬を算定するにあたっては健康保険法(大正11年法律第70号)や厚生労働省が定めるルールを遵守する必要があります。
そのルールの一つとして、健康保険法に基づく、保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年厚生省令第15号)(以下「療担規則」といいます。)が存在します。
本稿では、保険診療における子細なルール等を定めている療担規則のうち、医療機関による経済上の利益提供等の禁止について、厚生労働省の通知等を踏まえて整理しています。
条文及び趣旨
療担規則第2条の4の2は、第1項で、
「保険医療機関は、患者に対して、第五条の規定により受領する費用の額に応じて当該保険医療機関が行う収益業務に係る物品の対価の額の値引きをすることその他の健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供により、当該患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。」
と規定しています。また、第2項で、
「保険医療機関は、事業者又はその従業員に対して、患者を紹介する対価として金品を提供することその他の健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益を提供することにより、患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。」
と規定しています。
このように、第1項は医療機関から患者への利益提供、第2項は医療機関から事業者への利益提供(患者紹介料の提供)をそれぞれ禁止しています。
同条が医療機関による利益提供等を規制する趣旨は、保険医療機関等は患者が自由に選択できるものである必要があり、また、健康保険事業の健全な運営を確保する必要があることに基づいています1。
経済上の利益提供等の判断基準等
療担規則において禁止される経済上の利益提供と認定される判断基準はどのようになっているのでしょうか。
条文から導かれる要件としては、
① 保険医療機関又は保険薬局が、患者に対して[第2項:事業者又はその従業員に対して、患者紹介の対価として]、健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供を行うこと(経済上の利益の提供)
② ①により、患者が自己の保険医療機関又は保険薬局において診療又は調剤を受けるように誘引すること(患者誘因性)
となっており、このいずれにも該当する場合は、禁止行為に該当すると判断されます。
この点、厚生労働省は、療担規則第2条の4の2第2項に定める患者紹介料の提供の禁止に係る基準として、下記のとおり公表しています。
経済上の利益とは、金銭、物品、便益、労務、饗応等を指すものであり、商品又は労務を通常の価格よりも安く購入できる利益も含まれる。経済上の利益の提供を受ける者としては、患者紹介を行う仲介業者又はその従業者、患者が入居する集合住宅・施設の事業者又はその従業者等が考えられる。 禁止行為に該当すると判断されることを避ける意図をもって、外形的には、経済上の利益の提供を患者紹介の対価として明示しないことも予想される。例えば、訪問診療の広報業務、施設との連絡・調整業務、訪問診療の際の車の運転業務等の委託料に上乗せされている場合、診察室等の貸借料に上乗せされている場合も考えられ、契約書上の名目に関わらず、実質的に、患者紹介の対価として、経済上の利益が提供されていると判断される場合は、①[経済上の利益の提供]に該当するものとして取り扱うものである。
…(略)
②[患者誘因性]については、①[経済上の利益の提供]により、患者が自己の保険医療機関又は保険薬局において診療又は調剤を受けるように誘引しているか否かで判断されるが、保険医療機関又は保険薬局が、患者紹介を受けて、当該患者の診療又は調剤を行っている場合は、基本的には、②[患者誘因性]に該当するものと考えられる。なお、これについては、訪問診療の同意書、診療時間、診療場所、診療人数等も参考にするものである。 (「疑義解釈資料の送付について(その8)」 平成26年7月10日 厚生労働省保険局医療課) ※下線部及び[]内の記載は筆者によります |
このように、厚生労働省は患者紹介料の提供禁止に係る基準を挙げていますが、この基準は同条第1項に係る経済上の利益提供の禁止にも妥当すると考えられています。
そして、この基準をみると、外形的(名目的)には、医療機関による患者誘因性のある経済上の利益(患者紹介料)の提供でないとしても、実質をみて判断したときに、それが患者誘因性のある経済上の利益と評価できる場合には同条の違反になると考えられます。
また別の論点として、経済上の利益の提供主体性の論点が存在します。
療担規則第2条の4の2は第1項及び第2項は、
「保険医療機関は…患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。」
と規定しています。
すなわち、保険医療機関以外の事業者が経済上の利益を提供していたとしても、原則としては同条の違反とはならないと考えられています。
しかし、そうすると、保険医療機関が事業者と提携等を行い、形式上は事業者が利益提供を行っていると整理することで法の潜脱が容易に可能となってしまいます。
そのため、例外として、保険医療機関と事業者が実質的には一体と評価できる場合などは同条違反となりうるものと考えられます。この考え方は後述する受診料の支払い時のポイント付与に係る厚生労働省の見解に表れています。
受診料の支払い時のポイント付与
患者に対する経済上の利益提供の一事例として、受診料の支払い時におけるポイント付与の事例があります。
形式的に見れば、ポイントは経済上の利益性を有し、それにより患者を誘引するものであるため、療担規則第2条の4の2第1項に違反していることとなります。
この点、厚生労働省は下記のとおり公表しています。
一部負担金等の受領に応じて専らポイントの付与及びその還元を目的とするポイントカードについては、ポイントの付与を認めないことを原則とするものです。 ・ 保険調剤等においては、調剤料や薬価が中医協における議論を経て公定されており、これについて、ポイントのような付加価値を付与することは、医療保険制度上、ふさわしくない。 ・ 患者が保険薬局等を選択するに当たっては、保険薬局等が懇切丁寧に保険調剤等を担当し、保険薬剤師等が調剤、薬学的管理及び服薬指導の質を高めることが本旨であり、適切な健康保険事業の運営の観点から、ポイントの提供等によるべきではない。
ただし、現金と同様の支払い機能を持つクレジットカードや、一定の汎用性のある電子マネーによる支払いに生じるポイントの付与は、これらのカードが患者の支払いの利便性向上が目的であることに鑑み、当面、やむを得ないものとして認めることとします
(「保険医療機関及び保険医療養担当規則及び保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則の一部改正に伴う実施上の留意事項について」 平成24年9月14日 厚生労働省保険局医療課長) |
平成24年100%日付け事務連絡で示しているとおり、クレジットカードや、一定の汎用性のある電子マネーによる調剤一部負担金の支払いに生じるポイントの付与の取扱いの検討を行うまでの間は、経済上の利益の提供による誘引につながっていると思われる事例等への指導を中心に行っていただきたい。 具体的には、例えば、 ・ポイント付与を行っている旨の宣伝、広告を行っている事例 ・特定の曜日などに限りポイント付与率を上げている事例 などへの指導を中心としていただきたい。
(「疑義解釈資料の送付について(その11)」 平成25年1月24日 厚生労働省保険局医療課) |
当面は、以下の①から③までのいずれかに該当する保険薬局に対し、口頭により指導を行い、その上で改善が認められない事例については、必要に応じ個別指導を行っていただくようお願いいたします。 ① ポイントを用いて調剤一部負担金を減額することを可能としているもの ② 調剤一部負担金の1%を超えてポイントを付与しているもの ③ 調剤一部負担金に対するポイントの付与について大々的に宣伝、広告を行っているもの(具体的には、当該保険薬局の建物外に設置した看板、テレビコマーシャル等)
(「保険調剤等に係る一部負担金の支払いにおけるポイント付与に係る指導について」 平成29年1月25日 厚生労働省保険局医療課) |
これらの通知をみると、医療機関による受診料の支払い時のポイントの付与は、原則禁止としつつ、
① ポイントを用いて調剤一部負担金を減額することを可能としているもの
② 調剤一部負担金の1%を超えてポイントを付与しているもの
③ 調剤一部負担金に対するポイントの付与について大々的に宣伝、広告を行っているもの
のいずれかに該当しない限りは、また患者の支払いの利便性向上の観点を考慮の上、例外的に認められていると考えられます。
なお、この判断等の前提として、医療機関ではなく事業者が行っているポイント付与についても、医療機関と事業者が一体として評価できる場合などにおいては、療担規則第2条の4の2の適用の範囲内となりうることが示されていると考えられます。
最後に
医療機関や医療事業に携わる事業者にとって、療担規則第2条の4の2は無視できず、「事業者による経済上の利益提供であるから問題ない」「患者を誘引するための経済上の利益提供ではないから問題がない」と即断するのは非常にリスクがあります。
仮に、同条に違反していた場合は、指導のみならず、保険医療機関・保険医の指定・登録の取消処分が行われる可能性があります。
そのため、当該事業の全体像を整理したうえで、医療機関と事業者が一体として評価されるか否かや、経済上の利益提供と評価されるか否かを丁寧に検討する必要があると考えられます。
以上
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