【I&S インサイト】修理する権利(Right to Repair)
DATE 2021.11.10
執筆者:小川 正太
2021年7月21日、米国連邦取引委員会(Federal Trade Commission、以下「FTC」といいます。)は、中小事業者や消費者らが有する「修理する権利」に対する違法な制限について、反トラスト法又は消費者保護法のエンフォースメントを強化するとの声明を公表しました1。本稿執筆日現在、この声明を踏まえた具体的な執行はなされていないものの、「修理する権利」に対する注目度は急速に高まっています。
「修理する権利」については、小泉進次郎氏も言及するなど、徐々に注目を集める表現となっておりますが、日本における認知度はまだ低く、これが日本の独禁法・消費者法に与える影響については十分に議論されていないように思われます。
そこで、今回のインサイトでは、「修理する権利」に関する米国における議論を整理した上で、日本の独禁法の解釈にどのような影響があるのか、分析・検討したく思います。
修理する権利とは
1.1 米国における議論
「修理する権利」とは、消費者が所有物を修理する権利を指します。とくに、近時の米国においては、スマートフォンその他のデジタルデバイス機器、家電及び自動車等の修理する権利が叫ばれており、メーカー又はそのメーカー系修理事業者によることなく、自ら又は独立系修理業者に依頼して修理できる権利を意味するものとなっています。
この「修理する権利」に関しては、米国だけではなく、欧州においても議論されていますが、米国と欧州ではその権利の性質の捉え方や議論の方向が若干異なるように思われます。すなわち、米国では、主として、バイデン政権が2021年7月9日に公布した競争促進に関する大統領令(Executive Order on Promoting Competition in the American Economy)2に連なる独禁法・競争法の文脈において議論されることが多く、たとえばFTC委員長のリナ・カーン氏のように、「メーカーが修理を制限した場合には、消費者におけるコストが膨らみ、技術革新が阻害されるとともに、修理事業者が事業機会を失う」という独禁法・競争法のロジックで「修理する権利」に対する制限の問題性が説明されることが一般的になっています。このように説明すると「修理する権利」とは、消費者がメーカーに対して具体的な作為を請求する権利ではなく、バイデン政権が推進する競争政策の正当性を裏付けるための象徴的な権利の一種に過ぎないようにも聞こえますが、所有権の概念の再構築につながり得る可能性も秘めています。
たとえば、米国の電子機器に関する修理情報、特殊な修理工具の提供等を行うベンチャー企業であるiFixitは「If you can’t fix it, you don’t own it」というマニュフェストを公表するなど3、修理する権利に対する侵害は所有権そのものの侵害である、と考える団体等も散見されます。さらに進めて、修理する権利の一内容として、メーカーが保有する商品の修理に必要となるデータ・情報にアクセスできる権利も主張されているところです(後者の実例として、2013年に成立したマサチューセッツ州法(Massachusetts "Right to Repair" Initiative, Question 1 (2012))が挙げられます。)。
これらの考え方は、高度に複雑化した各種のデジタルデバイス機器、家電及び自動車を購入することは必ずしもその物の所有権の取得を意味しないのではないかとの問いに起因するものです。日本法的にいえば、所有権は、物を自由に使用収益又は処分する権利であるにもかかわらず、これらの商品の技術・構造等はブラックボックス化されており、自由に修理・改造等を行うことができない状態にあります。消費者は、商品の所有権ではなく、いわば、商品が有する機能のみを半永久的に利用できる権利を取得するに過ぎない、とも評価し得るのです。
1.2 欧州における議論
これに対して、欧州では、競争法の文脈においても議論はされているものの、主としてサステナビリティの観点から議論が出発されることが多いように思われます。たとえば、欧州議会は、2020年11月25日、「持続可能な単一市場に関する決議」という呼称で、「修理する権利」に関連して、以下の項目を決議しており、これらを達成するために廃棄物管理、修理、再販売及び再利用を阻害する法的な障害を除去する新規則の制定を推奨しています4。
・持続可能な消費者の選択肢を推奨し、再利用の文化を促進する ・商品の修理可能性を向上させ、商品寿命を伸長させる ・電子部品の廃棄物を減少させるため、共通の充電器を要求する ・製造、公共調達、広告から廃棄物管理に至るまで構造的な変化が必要である |
欧州議会は、ユーロバロメーターによる調査の結果、調査対象となった欧州市民の77%が、自己の使用する商品が故障した場合に買い換えるのではなく修理したいと回答したこと、同市民の79%がデジタルデバイスの修理又は故障した個々の部品の交換を促進すべき法的義務をメーカーは負っていると思う旨を回答したことが背景にあると公表しています。この点、修理、再販売及び再利用を阻害する法的な障害を除去するという考え方は、米国の議論と通じるところではありますが、「1つの物を修理・再利用しながら長期間にわたって使用し続けるべき」という、我が国の「もったいない」の思想にも通じるところのあるサステナビリティという軸を据えたことで、欧州連合の他のグリーンディール政策と並走できる推進力を得られたように思われます。
「修理する権利」の制限とは
2.1 基本的な想定事例
上記1.1においても説明しましたとおり、近時「修理する権利」として主張される権利は、メーカー又はそのメーカー系修理事業者によることなく、自ら又は独立系修理業者に依頼して修理できる権利という意味合いを有しています。そのため、「修理する権利」の制約は、ユーザー自ら又は独立系事業者による修理が困難になるようなメーカー又はメーカー系修理業者による取組みという形で現れることが多いです。故障した部品が商品本体と特殊な接着剤・ネジで固定されているため、故障した部品のみを交換・修理することができないといった事例から、メーカーが独立系修理業者に対して商品の修理に必要な部品の供給を拒否しているといった事例まで、様々な態様による制限が問題となり得ると考えられています。
2.2 「修理する権利」の制限の類型
本稿執筆日現在において、FTCは「修理する権利」の制約としてどのような行為を違法とするのか、明確なガイドライン等は制定していません。ただ、「修理する権利」に関して実施した調査を経て2021年5月に発行した報告書では、「修理する権利」に対する制限に当たり得るものとして以下のものが挙げられると説明されております5。
・Physical restrictions ・Unavailability of parts, repair manuals, and diagnostic software and tools ・Designs that make independent repairs less safe ・Steering Consumers to Manufacturers’ Repair Networks Using Telematics Systems (i.e., information on the operation and status of a vehicle that is collected by a system contained in the vehicle and wirelessly relayed to a central location, often the manufacturer or dealer of the vehicle) ・Application of patent rights and enforcement of trademarks ・Disparagement of non-OEM parts and independent repair ・Software locks, Digital Rights Management and Technical Protection Measures ・End User License Agreements |
これらの行為類型が直ちに違法になるか、同報告書の中では明示されていませんが、FTCは2021年5月6日付で公表したプレスリリース6において、①using adhesives that make parts difficult to replace(部品交換を困難にさせる接着剤の使用)、②limiting the availability of spare parts(修理部品を使用できなくさせること)、③making diagnostic software unavailable(診断用ソフトウェアを使用できなくさせること)の3類型を明示的に列挙していることから、FTCはかかる3類型を問題視しているものと推察されます。したがって、近い将来においてこの3類型に該当する行為を摘発・執行する可能性があるものと思われます。
「修理する権利」が日本の独禁法の解釈・執行に与える影響
3.1 「取引妨害」又は「抱き合わせ販売」の解釈
日本では、過去の先例において「修理する権利」を正面から認めて、これに対する侵害が独禁法違反となる旨を明示したものはありません。ただ、独立系の保守業者に対する保守部品の供給拒否が「取引妨害」又は「抱き合わせ販売」に該当するとされた事例7を見るに、日本の独禁法の解釈・執行は、メーカー系保守事業者と独立系保守事業者の間における競争を確保することによって、間接的に「修理する権利」を保護してきたと評価できるように思われます。少し乱暴ではありますが、これらの事件の共通項を繰り出した概念図は以下のとおりです。
これらの事案においては、メーカー系保守事業者が、独立系事業者に対して、保守サービスに必要な保守部品の提供を拒否し(あるいは提供を遅延させ、又は高価格で購入させ)たことによって、競争者である独立系保守事業者が(迅速かつ低廉な)保守サービスの提供(→)を困難にさせたことなどが競争事業者に対する取引妨害(独禁法2条9項6号ヘ前段・一般指定14項8)にあたると判断されました。
また、東芝エレベータテクノス事件においては、独立系保守事業者による保守サービス(→)を受けられなくなったことをもって、ユーザーの商品・サービスの選択の自由が侵害されたとして、抱き合わせ販売(独禁法2条9項6号ハ・一般指定10項)にあたるとも判断されました。
これらの事案は、FTCが問題視した行為②に該当するものと評価できると思われ、日本の独禁法を執行する公正取引委員会はメーカー系保守事業者と独立系保守事業者の間における競争の促進・保護に主眼は置いているものの、規制の方針はFTCとの間で大きくぶれることはないだろうと推察できます。そのため、FTCが2021年5月にプレスリリースの中で言及した①using adhesives that make parts difficult to replace(部品交換を困難にさせる接着剤の使用)及び③making diagnostic software unavailable(診断用ソフトウェアを使用できなくさせること)の行為類型が、将来、日本において取引妨害又は抱き合わせ販売に該当するとして規制される可能性も否定できないものと考えております。
これらの独禁法の解釈・執行に影響を与えるか否かを超えて、さらに所有権の一内容として「修理する権利」が観念され、消費者からメーカーに対する作為請求権(たとえば、修理情報へのアクセス権、一般消費者を含めた誰もが修理できるフォーマットを採用するよう請求する権利等)が認められるか否かという点に関しては、懐疑的です。世代間のギャップもあるとは思われますが、正規ブランド品が有する品質・安全性に対する信頼感が高いと思われる我が国の消費者の傾向・動向を踏まえると(※完全な小川個人の私見です)、自ら又は独立系事業者による修理に対する社会的需要はそこまで高くないように思われ、「修理する権利」を唱えるだけの土壌が整っていないように思われます。
ただ、上記のとおり、少なくとも①ないし③の類型については、公正取引委員会が、FTCの執行と足並みを揃えて積極的に規制する可能性があります。したがって、保守・修理等のアフターマーケット・サービスを行っており、かつ、これに関する独立系事業者が存在するようなメーカーにおかれては、「修理する権利」を米国における「対岸の火事」として片付けることなく、日本国内においても独禁法違反を問われるリスクを念頭において、その法的整理を精緻化することが望ましいといえます。
3.2 「修理する権利」の制限は正当化されるか
3.2.1 米国における議論
FTCは、2021年5月に発行した報告書の中で「修理する権利」に対する制限に関してメーカー側が主張し得る正当化事由についても言及しています9。以下は同報告書において言及された正当化事由の大項目を列挙したものになります。
・Protection of Intellectual Property ・Safety ・Cybersecurity ・Liability and Reputational Harm ・Design Choices and Consumer Demand Drive the Repairability of the Devices ・Quality of Service |
報告書内において、FTCは、メーカー側が主張する安全性、情報セキュリティ及び修理サービスの品質保証に関して、ユーザー又は独立系修理事業者においても同程度の水準を確保することは十分に可能であるなどとして、正当化事由としては十分ではないおそれがあると懐疑的な見解を示しています。また、メーカーからは、仮にユーザー又は独立系修理事業者に修理を行わせた場合、その後生じた製品事故等によって生じる法的責任・レピュテーションリスクを抑える必要があるとの主張もなされていますが、FTCはメーカー側が定量的な根拠を示せていないことを理由として、かかる必要性についても懐疑的な姿勢を崩しておりません。
3.2.2 1つの選択肢:認定修理店制度
このようなFTCの動きに先立って、Apple Inc.は独立系修理プロバイダプログラム(Independent Repair Provider Program)10という取り組みを開始しています。これは、一定の基準を満たす独立系修理事業者に対してApple純正部品や修理診断プログラム等の使用を認める取り組みであり、これによって修理サービスの品質維持、メーカー側の知的財産権(とくに、著作権、特許権)の保護等とユーザーの「修理する権利」の保護の両立を図るというものです。認定を与える基準の内容や恣意性が問題になる事例が出てくる可能性も否定できませんが、今後の展開については注視すべきと考えます。
3.2.3 日本における議論
日本における議論は、上記したところからもご推察されるかもしれませんが、取引妨害又は抱き合わせ販売を正当化できるか否か、という点で従前より議論されてきました。たとえば、東芝エレベータテクノ事件では、ノウハウの保全・安全性の確保といった要素が正当化事由として評価し得る旨が明示されていますが、明確な判断基準が示されていません。
この点、日本遊戯銃協同組合事件(東京地判平成9・4・9審決集45巻495頁)で示されたところを踏まえて、①行為(メーカー系修理事業者以外に純正部品を提供しないこと)の目的(安全性の確保)が独禁法上是認できるものであって、②その目的を達成するために必要な手段であって、かつ、より競争制限的ではない代替的手段(認定制度を導入して、認定を受けていない修理事業者に対しては純正部品を提供しないこと)では当該目的を達成できないといえるかを検討することも1つの考え方と思われますが、メーカー側が主張する安全性、情報セキュリティ及び修理サービスの品質保証という要素がどのように評価されるかはなお開かれた問題と思われます。
まとめ
以上のとおり、「修理する権利とその制限」にまつわる論点は、日本の独禁法上、新しいようで古くからある論点として整理できるようにも思われますが、他方で、FTCの今後の執行方針や米国の立法によっては、独禁法の分野だけには止まらないドラスティックな影響があり得るものといえるでしょう。
今後とも要注目の論点です。
以上
- https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2021/07/ftc-ramp-law-enforcement-against-illegal-repair-restrictions
- https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/07/09/fact-sheet-executive-order-on-promoting-competition-in-the-american-economy/
- https://www.ifixit.com/News/14266/self-repair-manifestoご参照。
- https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20201120IPR92118/parliament-wants-to-grant-eu-consumers-a-right-to-repair
- https://www.ftc.gov/system/files/documents/reports/nixing-fix-ftc-report-congress-repair-restrictions/nixing_the_fix_report_final_5521_630pm-508_002.pdf
- https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2021/05/ftc-report-congress-examines-anti-competitive-repair-restrictions
- 東芝エレベータテクノス事件(大阪高判平成5・7・30審決集40巻651頁)、三菱ビルテクノサービス事件(公取委勧告審決平成14・7・26審決集49巻168頁)、及び東急パーキングシステムズ事件(公取委勧告審決平成16・4・12審決集51巻401頁)ご参照。
- 旧一般指定15項
- https://www.ftc.gov/system/files/documents/reports/nixing-fix-ftc-report-congress-repair-restrictions/nixing_the_fix_report_final_5521_630pm-508_002.pdf
- https://support.apple.com/ja-jp/irp-programご参照。
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