【I&S インサイト】欧州における企業結合の問題解消措置免除事例ー武田薬品によるShire買収ー

執筆者:田中孝樹

 

医薬品に関するニュースと競争法に関するニュースは特に興味を持って見ているのですが、最近、これら両方に関係する少し珍しいニュースを見つけたのでご紹介させていただきます。武田薬品工業株式会社(「武田薬品」)によるShire plc(「シャイア―」)の買収に関する問題解消措置の免除に関するニュースです。

 

最初に、前提として、問題解消措置とは何かについて簡単にご説明致します。

 

日本でも欧州でも、一定の規模以上のM&Aを行う際には、競争当局(日本でいうと公正取引委員会、欧州でいうと欧州委員会がこれに当たります)へ事前届出を行わなければなりません。これは、M&Aにより市場の競争に悪影響があるか否か、どのような悪影響があるかを競争当局が検討し、競争法(日本でいうと独占禁止法、欧州では企業結合規則)に違反するか否か等を審査するためのものです。その審査の結果、市場へ一定の悪影響があると競争当局により判断された場合、M&Aに「待った」がかかることになります。そうならないように届出者等が実施する、競争への悪影響を緩和等するための措置が、問題解消措置と呼ばれるものです。通常は、(必要に応じて問題解消措置の実施を約束して)競争当局による審査が完了し、問題ない旨の通知を受けて(これを「クリランスを得る」などといいます)、M&Aを実行します。

 

次に、武田薬品が問題解消措置をとることになった経緯も簡単にご説明します。

 

武田薬品は、201918日にシャイアーの全株式を取得し、買収を完了しています。この買収に先立って、武田薬品は、シャイアーの買収について、いくつかの国・地域の競争当局に届出を行いました。その中で、欧州委員会は、20181120日、武田薬品に対して、クリアランスを与えたものの、一定の条件を付けたのです。

 

欧州委員会は、シャイアーと武田薬品工業の事業が重複している、炎症性腸疾患に関する生物学的治療製剤に注目しました。具体的には、武田薬品の製品の一つである「エンティビオ」(日本での製品名は「エンタイビオ」)と、シャイアーが開発中の製品であるSHP647に注目したのです。欧州委員会は、これらがいずれも炎症性腸疾患の治療薬であってアンチインテグリンに分類され、競合品となりうること、欧州委員会の市場調査によってSHP647の開発を武田薬品が継続しないおそれが明らかになったことから、シャイアーが武田薬品に買収されることにより、この分野でのイノベーションや価格競争等がなくなってしまうおそれがあると考えました。

 

そこで、欧州委員会は、武田薬品の提案に応じて、武田薬品にクリアランスを出すに際し、条件を付けました。その条件は、開発,製造,販売に関する権利を含め、SHP647を、当該製品を開発するインセンティブのある者に譲渡することでした。これが問題解消措置です。この問題解消措置が実行されれば、SHP647の開発が、武田薬品によるシャイアーの買収により止められる可能性はなくなり、エンタイビオとSHP647の競争は維持されることが予想されます。

 

そして、武田薬品がこの問題解消措置を免除された、というのが今回のニュースです。

 

欧州における問題解消措置について定める欧州委員会告示(Commission Notice on remedies acceptable under Council Regulation (EC) No 139/2004 and under Commission Regulation (EC) No 802/2004)においては、問題解消措置の免除に関する記載が存在するものの、それと同時に、事業の売却のような問題解消措置が免除されるのは非常にレアな場合のみであるとも記載されています。それは、事業の売却を行うべきとされる短期間のうちに、市場状況の変化が生じることがあまりないからだとされています。

 

武田薬品のケースでは、欧州委員会が条件付きのクリアランスを出した後、①武田薬品とシャイアーの製品に比べ、より有効で安全性が高くなると見込まれる医薬品が現れたこと、②SHP647についての好ましくない調査結果が見られたこと、③SHP647の治験の患者リクルートで予測できなかった問題が生じた事から、SHP647を売却することはもはや必要がないと欧州委員会により判断されました。なお、以上の事情がどのように影響したかは分かりませんが、武田薬品及び第三者機関は13カ月間SHP647の売却先を探したものの、売却には至らなかったようです(武田薬品のプレスリリース:https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2020/20200529-8164/)。

 

ちなみに、日本の公正取引委員会も、企業結合ガイドラインにおいて以下のように述べて、場合によっては問題解消措置の変更・終了がありうるとしています。

「当事会社グループの申出に基づき,企業結合後の競争条件の変化を踏まえ,当該措置を継続する必要性を評価した結果,当該措置の内容を変更又は終了しても競争を実質的に制限することとなるおそれがない状況になったと判断される場合には,問題解消措置の内容を変更又は問題解消措置を終了することを認めることがある。」

そして、実際に、公正取引委員会は、株式会社ヤマダ電機による株式会社ベスト電器の株式取得に関して、問題解消措置の内容の変更を行っています。具体的には、公正取引委員会は、当該事案における問題解消措置の一環として、宿毛地域と四万十地域にある当事会社の店舗のうち1店舗を第三者に譲渡すること、一定時期までに譲渡契約が締結されなかった場合等は入札手続を行うことを前提にクリアランスを与えた後、宿毛地域と四万十地域を問題解消措置の対象地域から除外しています(https://www.yamada-denki.jp/ir/pdf/press/2013/130801.pdf)。

 

医薬品の開発途中に①から③のようなことが起きることは特段珍しいことではないように思います。また、市場の状況が医薬品業界以上にスピーディに変化する業界もあるだろうと思います。したがって、今後、医薬品業界の案件に限らず、M&Aに際して問題解消措置を講じることとなった後、その変更等を求めようとする場合に参考になる事例であると考え、本件をご紹介させていただきました。

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  • 田中 孝樹
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