【I&S インサイト】独禁法違反事件と株主代表訴訟
DATE 2021.04.09
執筆者:小川正太
2021年3月26日、大阪地方裁判所において、ベアリング(軸受)の製造・販売業者であるNTN株式会社の株主が原告となって提起した株主代表訴訟に関して、被告である元役員ら10名との間で和解したとの報道がありました。
この株主代表訴訟は2013年9月3日に提起されたもので、原告は、NTN株式会社の役員ら23名がベアリングの価格カルテル事件に故意に関与し、またはこれを知り得たのに看過するなどの過失があったとして、当該役員らに対して同社に課された課徴金相当額(72億3107万円)を賠償するよう請求していました。
本稿では、この株主代表訴訟事件および過去の株主代表訴訟事件を題材に、民事上の独禁法エンフォースメントとしての株主代表訴訟の特殊性、今後の動向、近時導入された新制度との関係で論点になり得るところに触れたいと思います。1
事案のあらまし
2010年代前半、自動車部品をめぐる多数のカルテル事件が発覚して、世間の注目を浴びました。これらのカルテル事件は、日本の公正取引委員会のみならず、米国司法省、欧州委員会その他の各国の競争当局によって調査・審査され、多数の自動車部品メーカーが多額の罰金・制裁金を科(課)され、少なくない数の役員・従業員が収監されるという事態にまで発展しました。
ベアリングの販売価格カルテルも、この一連のカルテル事件とともに、日米欧の競争当局によって調査・審査されるに至りました。そんな中で、公正取引委員会は、2013年3月29日、NTN株式会社他2社のベアリング製造・販売業社に対して、排除措置および課徴金納付を命じました。公正取引委員会が公表したところによれば、NTN株式会社以外のベアリングの製造・販売業者3社が課徴金減免申請(いわゆるリニエンシー)を行ったとされていますが、NTN株式会社は課徴金減免申請を行っていませんでした 2
NTN株式会社は、ベアリングの販売価格カルテルに関与していないとして、公正取引委員会に対して審判請求を行いましたが、審判請求が係属する2013年9月、本件の株主代表訴訟が提起されました。
具体的にどのような点を巡って株主代表訴訟が提起されたのか、その詳細は以下にて説明しますが、その前提として、まずは株主代表訴訟の“特殊性”について触れさせてください。
株主代表訴訟の特殊性
2.1 株主代表訴訟と一般的な損害賠償請求の違い
教科書・基本書を開いてみますと、独禁法違反に対するエンフォースメント(執行)には、
- 行政上の制裁である排除措置命令または課徴金納付命令
- 刑事罰である法人に対する罰金、個人に対する懲役刑または罰金
- 民事上の損害賠償請求等
があると説明されています。
このうち、民事上の損害賠償請求等は、被害者による損害賠償請求(民法第709条、独禁法第25条)を指すのが一般的です。たとえば、価格カルテルの対象となった商品を購入した需要者(被害者)が、価格カルテルなかりせばの購入価格と実際の購入価格の差分が損害に該当するとして損害賠償請求をする事例などが挙げられます。
これに対して、民事上のエンフォースメントの一種である株主代表訴訟では、違反事業者である株式会社の株主が、役員らに対して違反行為によって会社が被った損害を会社に賠償するよう会社に代わって請求するとの法形式をとります。また、訴訟内において、株式会社が違反行為を行ったか否かではなく、株式会社が違反行為を行ったことに関連して取締役の任務懈怠(会社法第423条)があったか否かが争点になる点も異なります。
2.2 独禁法違反に関する株主代表訴訟における取締役の任務懈怠
我が国では、独禁法違反に関して株主代表訴訟が提起された事例はこれまで多くありませんが(主要なところでは、本稿執筆日現在で3件、うち2件が和解で終結、1件が係属中)、本件および過去の株主代表訴訟では、役員の任務懈怠として以下の法的構成が主張されてきました。
① 役員が独禁法違反行為に関与したか否か
② 独禁法違反行為に関与していない役員は当該行為を防止する措置を講じたか否か
③ 社内調査を行うべき義務を懈怠したか否か、
④ 課徴金減免申請(リニエンシー)を行うべき義務を懈怠したか否か
NTN株式会社の株主代表訴訟においては、上記のうち主に①および②の主張がなされていました。
① 役員が独禁法違反行為に関与した場合に任務懈怠を構成することは、役員が法令遵守義務を負うこと(会社法第330条)を踏まえる限り、いわば当然のことと思う方も多いでしょう。いわば、会社または株主サイドから、独禁法違反行為を行ったことに対する制裁を加える体裁となっており、独禁法違反の任務懈怠の責任追及を行う最も基本的な類型といえるかと思います。
また、②のような独禁法違反行為を防止する措置を講じなかったこと(言い換えれば、独禁法コンプライアンス体制を適切に整備・運用しなかったこと)が任務懈怠を構成するとの理屈も、いわゆる内部統制システムの整備・運用義務違反(会社法第362条第2項第6号)の延長線上にあるものと考えれば、ごく自然な法的構成になると思われます。上記①とは異なって、実際には違反行為に関与していない役員に対しても主張し得る点が特徴的です。
具体的に「どのような体制を整備・運用しなければ任務懈怠となるのか」は、実務上悩ましく具体的な事案に応じて検討するほかないですが、少なくとも独禁法コンプライアンスに関する定期的な社内セミナーの実施、社内監査の実施等は実施することが望ましいように思われます。
NTN株式会社の事案に関しては、裁判上の和解によって終結したため、①および②のいずれについても終局判決によって判断が示されていません。ただ、和解内容として、当初カルテルへの関与自体も争っていたにもかかわらず、役員側の1億4600万円の支払いが盛り込まれたことや原告による再発防止策のチェック等が盛り込まれたことを踏まえると、大阪地方裁判所は少なくともいずれかの主張について原告に好意的な心証を示した可能性は高いものと思われます。
2.3 社内調査、課徴金減免申請を行う義務?
一方で、③および④の類型の主張は、NTN株式会社の株主代表訴訟ではなく、住友電気工業株式会社の株主代表訴訟においてなされたものです。同訴訟も最終的には裁判上の和解によって終結したため3、裁判所の判断は示されておらず、社内調査を行うべき義務または課徴金減免申請等を行うべき義務を認めた裁判例はありません。ただ、住友電気工業株式会社の株主代表訴訟事件における和解金額は5億2000万円となり、同規模の課徴金納付命令を課されたNTN株式会社の株主代表訴訟事件における和解金額1億4600万円よりもかなり高額になったことを踏まえると、裁判所としては課徴金減免申請を行う義務の考え方に親和的であったようにも読めます。
したがって、個別具体的な事情、たとえば、具体的なカルテル情報に触れた、一般的な社内監査の中でカルテルの存在を疑わせる客観的な証拠(メール等)が発見されたなどの事情がある場合、かかる社内調査または課徴金減免申請を行う義務が認められる可能性はあるものと思われます。この点についても、具体的な事案に応じて検討するほかないのが現状ですが、具体的なカルテル情報に接して社内調査を行うか否か、または課徴金減免申請を行うか否か判断するにあたっては、外部専門家の助言も仰ぎつつ、役員が十分な情報収集・分析を行ったといえる環境を整えることが重要であるといえます。
今後の株主代表訴訟の動向
3.1 機関投資家による株主代表訴訟の提起?
上記1.および2.で言及したNTN株式会社および住友電気工業株式会社の株主代表訴訟は、いずれも裁判上の和解によって終結済みの事件となっています。
これに対して、2020年12月18日に世紀東急工業株式会社の役員らに対して提起された株主代表訴訟は現在なお係属中の事件となっています。かかる株主代表訴訟は、同社がアスファルト合材の販売価格カルテルに関与したことを受けて提起されたものですが、①役員によるカルテルへの関与と、②カルテル防止のための措置を講じなかったことが法令遵守に関する管理体制を整えるべき義務違反であることから、役員らの任務懈怠があったと主張している模様です。
法的主張の内容としては終結済みの2事件と大きく異なるところはありませんが、NTN株式会社および住友電気工業株式会社の株主代表訴訟に関しては、株主オンブズマンの流れをくむ株主の権利弁護団が代理する個人株主が提起したのに対して、同社に出資するファンドが株主代表訴訟を提起した点で異なっています。
この事件を踏まえると、今後、機関投資家(特に株主アクティビスト)といった属性の株主による株主代表訴訟も増加する可能性もあるものと予想されますが、これは株主代表訴訟事件数の増加につながり得るものと考えます。すなわち、これまでの独禁法違反事件の株主代表訴訟の担い手は主に個人株主であったことは上記のとおりですが、仮に世紀東急工業株式会社の件を通じて、株主代表訴訟がガバナンスの強化に有効であると評価されるように至った場合、個人株主より財務体力のある機関投資家がより積極的にかかる訴訟を利用する可能性は否定できないように思われます。
その意味で、世紀東急工業株式会社の件については、今後も目を離せないものと考えております。
3.2 判別手続
公正取引委員会は、2020年12月25日、判別手続を導入しました。これは、公正取引委員会の説明するところによれば、「公正取引委員会の行政調査手続において提出を命じられた,課徴金減免対象被疑行為に関する法的意見について事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容を記録した物件で,一定の条件を満たすことが確認されたものは,審査官がその内容にアクセスすることなく速やかに事業者に還付する手続」をいいます 4。米国における秘匿特権(Attorney-Client Privilege)を導入したものと説明されることもありますが、カルテルに関する法的意見に関する弁護士・事業者の間の秘密通信は公正取引委員会が審査対象から外す、というルールになります。ただ、米国における秘匿特権よりも、形式要件が多いことや適用範囲がカルテルに関するものに限定されるなど、まだ実務上検討すべき点は多いものになっています。
判別手続の詳細は別稿に譲るとして、本稿では、判別手続と株主代表訴訟の関係について触れたく思います。
判別手続において問題とするのは、違反被疑行為を行った事業者と公正取引委員会(特にその審査局)の関係になります。しかし、さらに進んで、判別手続の対象となった物件が、株主代表訴訟において文書提出命令の申立ての対象となった場合、文書提出命令の対象となるのか、という論点が現れることは容易に想像できるところです。
たとえば、会社が、課徴金減免申請を行うかについて外部弁護士の法的意見を取得した上で、課徴金減免申請に関する意思決定を行った場合、株主代表訴訟において会社がどのような法的意見を触れてかかる意思決定が行ったか争点になり得る事例等が想像されます。この場合、弁護士は職務上の守秘義務を理由として申立てを拒否し得る(民事訴訟法第220条第4号ハ・第197条第1項第2号)と考えられますが、会社側は自己利用文書を理由として拒否できるのか(同第220条第4号ニ)、今後論点になるものと思われます。
1つの方向性として、判別手続は(特に国際カルテル案件における)課徴金減免申請の利用促進のために設けられた制度であるため、この制度趣旨を没却しないためにも、判別手続の対象となった物件は民事訴訟における文書提出義務を免れるべきとの論調は考えられます。
ただ、この点、住友電気工業株式会社の株主代表訴訟において、公正取引委員会の保有する文書の文書提出命令を申立ての一部が認められていること(大阪地決平成24・6・15判タ1389号352頁、判時2173号58頁)を踏まえた分析も重要と考えます。すなわち、同決定において文書提出命令の申立ての対象となった文書は、(i)公正取引委員会の作成に係る同社従業員の供述録取書、(ii)公正取引委員会が報告命令に基づき同社から取得した文書、及び(iii)課徴金減免申請を行った事業者から提出した文書でしたが、公正取引委員会は、その審査業務に支障を来たすおそれがあること、違反被疑事業者が調査に自発的に協力しなくなるおそれがあること、及び課徴金減免申請を行うインセンティブが失われるおそれがあること等を主張しました。これに対して大阪地方裁判所は、(iii)の文書に関しては証拠調べの必要性がないとの理由から申立てを却下したため、課徴金減免申請を行うインセンティブが損なわれるか否かについては正面から答えていないものの、(i)及び(ii)の文書に関しては、違反被疑事業者の自発的な協力が損なわれるおそれは抽象的なものにとどまると判断しています。このような裁判所の論調を踏まえると、判別手続の対象であることだけを理由として直ちに文書提出提出の対象にならないとは言えないように思われます。また、法令ではなく、公正取引委員会の事実上の取扱いによって、民事訴訟法が定める文書提出義務が原則として解除されるとの考え方も法治行政の原理といった一般原則を鑑みると直ちに是認できないようにも思われます。
まとめ
以上のとおり、独禁法事件の株主代表訴訟は、そもそも裁判例がなく、まだ議論されていない論点も少なくないところですので、当事務所内で議論を深めて、クライアントの皆様に還元できるよう邁進したいと考えております。
ご精読いただきありがとうございます。
- 日本経済新聞web版2013年9月3日ご参照。
- 本稿執筆日現在、公正取引委員会の公式HP(https://www.jftc.go.jp/dk/seido/genmen/kouhyou/index.html)上では2013(平成25)年当時における課徴金減免制度の適用事業者の一覧を確認できなくなっております。ただ、国立国会図書館が運営するインターネット資料収集保存事業(WARP:Web Archiving Project)の公式HP(https://warp.ndl.go.jp/)では、2013年当時の公正取引委員会のWebページが保存されていますので、そちらをご参照ください。
- 日本経済新聞web版2014年5月7日ご参照。
- https://www.jftc.go.jp/dk/seido/hanbetsu/hanbetsu.htmlご参照。
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