【I&S インサイト】イギリスにおけるグリーンウォッシュ規制の動向 ーファッション・ガイドライン策定からDMCCA法施行へー

執筆者:福島 紘子

 

2024年9月。ロンドンで華やかな春夏コレクションが開催されるファッションウィークと同時期に、イギリスの競争市場庁(CMA)は、ファッション分野に特化したグリーンウォッシュ(環境に良いと見せかけるような訴求)規制のガイドライン(以下「ファッション・ガイドライン」)を発表しました。一見日本企業とは関係のないささやかな出来事に見えるかもしれませんが、イギリス市場にリーチするすべての日本の企業にとって、今後のイギリスのグリーンウォッシュの執行強化に向けた重要な布石、と位置付けることもできそうです。

そこで今回の記事では、イギリスのファッション業界を震源とするグリーンウォッシュ規制強化が、今後どのような道筋をたどり得るか、やや駆け足にはなりますがその方向性を展望します。

 <目次>

 1. ファッション・ガイドラインとグリーン・クレーム・コード

    (1) ファッション・ガイドラインとは

    (2) ファッション・ガイドラインの主なポイント

 

 2.DMCCA法への布石という位置付け

 3.おわりに

 

1. ファッション・ガイドラインとグリーン・クレーム・コード

(1)ファッション・ガイドラインとは

CMAはファッション・ガイドライン発表3年前の2021年9月、自国イギリスでのCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)開催に先駆け、環境によいことをアピールする訴求(以下「環境訴求」)が適切に行われているかどうかを企業自身が確認するためのガイドラインとして、グリーン・クレーム・コードを公表しました。

グリーン・クレーム・コードは、イギリス消費者法の一般法である、2008年不公平な商取引からの消費者保護に関する規則(以下「CPRs」)の、CMAによる解釈を示す行政ガイドラインの一つとして制定されました。CPRsには「不公正な取引方法は禁じられる」という規定があり(CPRs3条1項)、「不公正な取引方法」の一つとして、消費者を誤認させるような取引方法が規定されています(CPRs5条、6条)。グリーンウォッシュはこのようなCPRsの規定に反する取引方法であると解されています。

グリーン・クレーム・コードは以下の6つの柱(以下「六指針」)からなり、どのような環境訴求であれば、CMAからグリーンウォッシュと判断されないかを判断する指針となるものです。

  1.  真実かつ正確であること
  2.  明確で曖昧でないこと
  3.  重要情報の省略や隠ぺいがないこと
  4.  公正かつ有意義な比較のみを行うこと
  5.  商品の全ライフサイクルを考慮すること
  6.  実証されていること

上述の六指針は、商品やサービスを供給していなくとも環境訴求を作成すれば広く適用され、メーカーのみならず卸売業者や小売業者にも広く適用され得る点に注意が必要です。

ファッション・ガイドラインは、グリーン・クレーム・コードをファッション業界の訴求に特化してより詳述した、イギリス初の業界別グリーンウォッシュ対策ガイドラインです。ファッション・ガイドラインは、CMAが業界大手(オンラインショッピングサイト運営兼自社ブランドメーカー、大手ECファストファッションブランドおよびアパレル小売)へのグリーン・クレーム・コードの遵守状況の調査を経て策定され、発表されました。

ファッション・ガイドラインでは、ありがちな環境訴求を例としながら、企業サイドとしてどのような点に気を付けたらいいか、またどのような訴求であれば許容されるかが記載されています。その内容は以下のとおり、ファッション業界はもちろん、業界外の皆さまにも、グリーン・クレーム・コードのより詳細な理解という観点から役に立ちそうなものが含まれています。

 

(2)ファッション・ガイドラインの主なポイント

ア.「環境訴求は明確かつ正確でなければならない」

イ.「重要情報は隠してはならない」

ここでいう「隠す」とは、単に表示しないことのみでなく、環境訴求の近くに表示されていないことを示し、たとえばリンク先やQRコードによる表示など、消費者のアクションなしには閲覧できない状態にあるものも含むとされています。

ウ.「曖昧な表現を使用しない」

根拠なく「グリーン」「サステナブル」「エコ」といった、環境によいことを一般的にアピ―ルする表現を使用すべきではないとされています。

エ.「誤解を生じさせるような方法で画像やアイコンを使用しない」

たとえばロゴ入りで「地球にやさしいジャケット」といいたい場合(以下本稿の画像はすべてファッション・ガイドラインから引用しています。)、

説明なしで地球と緑の葉のロゴを付すだけでは誤解を招きかねず、「地球にやさしい」理由が一定条件でリサイクル可能のためである場合、「当店の下取り制度によりリサイクルできます」などと記載する必要があるとされています。

オ.「比較は明瞭に」

比較時期や比較対象を明確にし、公正で明瞭な比較をどのように実施したかを表示する必要があります。

カ.「消費者のアクションが必要であれば明瞭に記載」

訴求どおりの環境への効果を得るために、何らかの消費者のアクションが必要であれば、それを明瞭に記載する必要があります。たとえば、長く着用することで廃棄物削減につながり地球環境対策にもなり得るようなアウターについて、

という表示では不適切であり、「子ども用コート、袖をのばして長く着られる?はい、そうです。」という表現であれば許容されるとされています。

キ.「ウェブ上でナビゲーションメニュを使用する際は明瞭に」

たとえばこちらのように

「リサイクル・ドレス」商品というメニューをクリックして表示される商品は、全商品が100%リサイクルという認識を与えるため、「50%以上リサイクル」など、最低ラインの数値をメニューに表示させる必要があるとされています。

ク.「ライフサイクルの一部に該当する場合はどのステージかを明示」

環境訴求が商品のライフサイクルの一部のみに関するものである場合、それを明瞭に表示する必要があります。たとえばある衣服について、原材料の裁断段階でのみ廃棄量が最小化されるような場合、「廃棄量を最小化するファブリックを使用」といった訴求は不適切であり、「本商品は廃棄を最小化する裁断方法を用いて作られています」などと変更すべきとされています。

ケ.「企業としての環境目標を示す場合も根拠が必要」

具体的にどのような表示かにもよりますが、日本の景品表示法では基本的には問題になりにくい企業広告(イメージ広告)もファッション・ガイドラインでは規制対象となることに注意が必要です。たとえば企業として環境目標の達成を掲げる場合、当該目標がどのような内容であるか(目標の概要、達成期限や達成方法など)を簡潔かつ明瞭に示さなければならないとされています。

たとえば上の赤枠内の訴求は、「当社の目標は2030年までに使用する綿を100%オーガニックにすることであり、オーガニック農業を行う農家と協力しています。現在、当社が使用する木綿の半分がオーガニックです。当社が目標をどのように達成しようとしているか、詳細はこちら(リンク)をご確認下さい。」などと事実に沿った形で修正する必要があるとされています。

 

2. デジタル市場・競争・消費者法(以下「DMCCA法」)施行への布石

以上のようにファッション・ガイドラインはグリーン・クレーム・コードを補完しており、CMAがどのような訴求をグリーンウォッシュと判断するか、ファッション業界のみならず広く参考になる内容となっています。

ここで、改めてファッション・ガイドラインの意義について考えてみたいと思います。ファッション・ガイドラインの冒頭「本ガイドラインの貴社ビジネスにおける意義」と題された箇所の、概略以下の記述を見てみましょう。

貴社は、環境訴求を行う際は消費者保護法を遵守しなければならない。遵守しない場合、貴社は執行リスクに直面することになり、当該訴求の修正を命ぜられ、顧客に金銭の支払いをしなければならないことにもなり得る。2024年デジタル市場・競争・消費者法(以下「DMCCA法」)の施行後は、違反の場合、全世界売上の最大10%の制裁金を課される可能性がある。

5月に成立し、来年(2025年)4月に施行されるDMCCA法については、日本では主にグローバル大手IT企業規制というトピックで報じられており1、消費者保護の文脈ではいわゆるダークパターン的な広告手法を規制する方向で知られています。しかし、本稿で詳述はできませんが、DMCCA法のイギリス市場でのコンシューマービジネスに与えるインパクトは広く、CMAの執行力の強化という点から、グリーンウォッシュ規制にも大いに関係してきます。

もちろんDMCCA法成立以前にも、企業は「執行リスクに直面」していました。グリーンウォッシュを規制するため、CMAは、ホームページ上で社名公表の上、企業に対する調査(investigation。2002年EA(Enterprise Act)131条)を行うことができますし、続く事前協議(consultation。2002年EA214条)で自主的に「訴求の修正」や「顧客に金銭の支払い」等の行為(undertakings。2002年EA219条)を求めることもできます。たとえば世界大手消費財メーカーのケースでは、「特定の表現が曖昧かつ広範に捉えられ、製品の環境への影響に関して、買い物客を誤解させる可能性がある」などとして2023年12月に調査開始が公表され、企業側が訴求の変更を行ったことなど理由の一つとして今年(2024年)11月6日に調査終了を発表しています。

しかしDMCCA法以前は事前協議が決裂した場合、CMAは「訴求の修正」や「顧客に金銭の支払い」を命じることはできませんでした。その場合CMAは、裁判所に執行命令(2002年EA217条)の申立て(2002年EA215条)ができるにとどまりました。そして裁判所は、行政ガイドラインであるグリーン・クレーム・コードに拘束されませんので、CMAの申立てどおりの執行命令が出されないこともまったくあり得ました。

このように、CMAが執行命令を直接行えず裁判プロセスを経なければならないことは、企業サイドにとってみれば手続き保障に厚いともいえそうです。しかし調査開始から時間がかかり、その間違法の疑いのある訴求が世に出続けるという点で、消費者保護の観点から問題視されようになりました。そこで2025年4月施行のDMCCA法では、裁判所を経ることなく、CMAが直接、制裁金を含めた執行命令を出せるように改正がされます(31条)。そしてその制裁金の額たるや、最高で全世界売上の10%にもなり得ます(DMCCA86条4項)。たとえば日本企業にも大きな影響を与えたEUGDPRGeneral Data Protection Regulation)ですら、違反の場合の制裁金額は全世界売上の上限4%である点にかんがみますと、そのインパクトの大きさがおわかりいただけるかと思います。

したがってイギリス市場を対象とする企業は、すべからく、自社の環境訴求がCMAにグリーンウォッシュと判断され、制裁金10%もあり得る執行命令が出されることを回避すべく、グリーン・クレーム・コードを遵守しているか一層見直さざるを得なくなったといえます。そしてグリーン・クレーム・コードをよりよく理解するため、ファッション業界のみならず他業界の皆さまも、ファッション・ガイドラインを有効活用されるとよいのではないでしょうか。

 

3. おわりに:2025年前半、ヨーロッパ地域のグリーンウォッシュ規制の行方に注意 

以上のとおり、イギリスでは2025年4月に施行されるDMCCA法によりグリーンウォッシュの執行が強化されます。そしてEUでも同年前半、現在欧州議会で審議中のグリーンクレーム指令(Green Claim Directive)がいよいよ成立し、その後のプロセスで各加盟国で国内法化され、実効性をもつようになる見込みです。
このように2025年前半は、ヨーロッパ地域のグリーンウォッシュ規制の強化という観点から大きな節目となりそうです。

 

 

以上


  1. たとえば、2024年5月25日付読売新聞電子版(https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240525-OYT1T50160/)参照。

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