【I&S インサイト】思わぬ理由で指名停止措置に!入札の落とし穴
DATE 2024.11.07
執筆者:竹蓋 春香
はじめに
令和4年度の入札市場規模は、国等が9兆5285億円1、地方公共団体が17兆5451億円2であり、非常に大きなマーケットとなっております。そのため、官公庁が実施する入札案件に挑戦する企業も珍しくありません。
官公庁は、民間企業に工事や物品の購入を発注する場合、①一般競争入札(原則3)、②指名競争入札、③随意契約のいずれかの形式によって、民間企業に発注することになります。これらは官公需契約ともいい、①と②はまとめて「競争入札」4と呼ばれます。
市場規模の大きい魅力的なマーケットである反面、参加のための手続やルールが非常に複雑となっており、企業として気を付けなければならない点が多くあります。その中でも、最も気を付けなければならないポイントの一つが、「指名停止措置」です。
指名停止措置とは
競争入札に参加するには、一般的に、一般競争入札でも、指名競争入札でも、官公庁から、事前に競争入札参加資格者であることの認定を受けなければなりません。
そして、指名停止措置とは、官公庁が、不正行為を行った競争入札参加資格者に対して、一定期間、競争入札への参加を制限する措置をいいます。競争入札だけではなく、随意契約に関しても取引制限となることは多いです。
指名停止措置を受けた企業は、企業名、指名停止の理由及び停止期間が公表されます。指名停止措置を受けると、入札に参加できなくなるだけではなく、社会的信用も失われ、通常の取引にも悪影響となることになりますので、指名停止措置に至るような事態にならないことがとても大切になってきます。
どのような場合に指名停止措置となるのか
入札に参加している企業の場合、特に入札案件が売上の多数を占めている企業にとっては、指名停止措置を受けてしまうと、死活問題となってしまうため、どのような場合に指名停止措置となるのかを予め把握しておく必要があります。
指名停止措置の基準は国や地方自治体ごとに定められていますので、インターネットで「指名停止 要綱」などで検索すると、国の機関、都道府県、市町村ごとの指名停止に関する規程類が膨大な検索結果として表示されます。
国土交通省が公表している「工事請負契約に係る指名停止等の措置要領」(以下「国土交通省の基準」といいます。)5によれば、①虚偽記載、②過失による粗雑工事、③契約違反、④安全管理措置の不適切により生じた公衆損害事故、⑤安全管理措置の不適切により生じた工事関係者事故、⑥賄賂、⑦独占禁止法違反、⑧競売入札妨害又は談合、⑨建設業法違反、⑩不正又は不誠実な行為が指名停止の理由として定められています。国土交通省で定める指名停止の理由は、他の省庁や地方自治体にも共通していることが多いです。
指名停止の理由は全国共通なのか
国土交通省の基準が、他の省庁や地方自治体にも共通であることが多いため、官公庁ごとに指名停止措置の基準が定められていても、全て同じであるかのように思ってしまいます。
ところが、地方自治体についていえば、地方自治体ごとに独自の指名停止理由が設定されていることがあり、要注意です。全都道府県に係る指名停止要綱のうち、気になった事例を取り上げました。具体例を見てみましょう。
(1)千葉県の場合
千葉県では、建設工事に関する入札を対象とした「千葉県建設工事請負業者等指名停止措置要領」(以下「千葉県の建設工事に関する基準」といいます。)6と、物品の購入等に関する入札を対象とした「千葉県物品等指名競争入札参加者指名停止等基準」(以下「千葉県の物品購入等に関する基準」といい、千葉県の建設工事に関する基準と併せて「千葉県の基準」といいます。)7があります。いずれもルール設計は似ているのですが、特に次の点について気を付けなければなりません。
国土交通省の基準 | 千葉県の建設工事に関する基準 | 千葉県の物品購入等に関する基準 | |
不正又は不誠実な行為 | 包括的条項のみ(具体例なし) | 包括的条項のみ(具体例なし) | 具体例あり |
また、国土交通省の基準及び千葉県の建設工事に関する基準では、「不正又は不誠実な行為」は、包括的な規定8、いわゆるバスケット条項だけが定められておりますが、千葉県の物品購入等に関する基準は、バスケット条項に①業務に関する法令の違反による逮捕・公訴提起、②業務に関する法令の違反による行政処分9、③不適正な経理処理関与といった具体例が例示的に規定されています。
この三つの中でも、②業務に関する法令の違反による行政処分については特に注意を要します。業務に関連する法令は、業務の許認可に関する法令に限られません。例えば、千葉県立施設から出される産業廃棄物の収集運搬・処理に関する入札に参加しようとする場合、廃棄物処理法に基づく許可を受けていなければなりませんが、事業主が労災保険に係る保険関係成立の手続を行わない期間中に労災事故が発生したことを理由に労災保険料費用徴収処分を受けると、指名停止措置となってしまいます。
上記②のような規定は、岩手県、茨城県、和歌山県、徳島県及び鹿児島県などにも見受けられるところです。
(2)石川県・鳥取県の場合
石川県建設工事請負業者の指名停止に関する要綱(以下「石川県の基準」といいます。)10では、「別表第1及び前各号にかかわらず特別の理由があると認められるとき」には、「必要と認める期間」について指名停止措置を行うことになっています。
また、鳥取県指名競争入札参加資格者指名停止措置要綱(以下「鳥取県の基準」といいます。)11では、「前各号に掲げる場合のほか、不正行為等として特に重大と認められるとき」には停止期間を「その都度決定」して指名停止措置を行うことになっています。
石川県の基準も、鳥取県の基準も、「業務に関し不正又は不誠実な行為をし、工事の請負契約の相手方として不適当であると認められるとき。」(国土交通省の基準別表第2の15項)のような包括的規定が定められていますが、それとは別に更に包括的な規定が定められていることになります。これらの規定が意図するところは必ずしも明らかではないものの、知事が「建設工事等の契約の相手方として不適当である」と認めるに至らなくても、指名停止を行えるような構造となっており、知事に相当広範な権限を与えていることがわかります。
(3)神奈川県の場合
神奈川県では、「神奈川県指名停止等措置要領」(以下「神奈川県の基準」といいます。)12によって、指名停止理由が定められています。千葉県の場合とは異なり、建設工事も物品購入等も全てこの基準でカバーされています。そして、国土交通省の基準や千葉県の基準とはかなりルール設計が異なっています。ここでは最も特徴的な点を取り上げたいと思います。
最も特徴的な点は、物品又は一般委託に係るもの(別表第2)の「景品表示法違反」です。景表法違反をピックアップして指名停止の理由に取り上げているのは珍しいように思われます。確認できた限りでは、神奈川県の基準のみで採用されている停止理由であり、珍しいように思われます。
そして、注意を要すべきは、BtoBとBtoCの両方を扱う企業です。BtoCの事業は、一般消費者に向けて宣伝広告を行うのが通常です。そのBtoCの事業で景品表示法違反を理由に措置命令(行政処分)を受けた場合、競争入札に関するBtoBの事業で指名停止となってしまいます。なお、景品表示法違反を理由とする措置命令が下されると、消費者庁のウェブページ13及び消費者庁公式Xアカウント14によって公表されます。そのため、景表法違反を理由とする措置命令が公表され、しばらくして指名停止措置が公表されることになり、二度批判を浴びることになりかねません。
(4)その他
その他にも、経営不振、暴力団排除、私生活での犯罪行為、税金未納など、国土交通省の基準には記載されていないものの、多くの地方自治体では基準として設定されています。
指名停止措置を受けないためには
上記で見てきたように、地方自治体によって指名停止の基準は相当異なっておりますので、ある県では指名停止措置を受け、別の県では指名停止措置を受けないという事態が想定されます。
また、どの地方自治体でも、基本的には「業務に関し不正又は不誠実な行為をし、工事の請負契約の相手方として不適当であると認められるとき。」というような包括的規定があります。このような抽象的な概念を使っている場合、地方自治体によっては運用基準を策定して、要件を明確化していることがあります。そして、運用基準も地方自治体によって様々ですので、同じ文言を使っていても、運用基準まで確認すると、異なる運用をしていることも珍しくありません。
このように、競争入札における指名停止措置は、入札案件を行うには重要な事項であるにもかかわらず、国の機関や地方自治体によって要件も運用も異なり、非常に複雑な制度になってしまっています。
そうなると、地方自治体ごとに指名停止措置の仕組みを把握するのは困難ですし、現実的ではありませんので、日ごろからの法令遵守を実践していただくのが最も効率的な指名停止措置の回避方法です。
もし、自社に法令違反や行政処分の可能性を発見した場合には、直ちに対応することが望ましいです。上記4のとおり、地方自治体によって指名停止措置の基準はまちまちですので、一口に法令違反・行政処分といっても、指名停止措置への波及効果は事案によります。例えば、国土交通省の入札の場合、法令違反があっても所管行政庁による行政指導・行政処分にとどまるのであれば、国土交通省の基準での「不正又は不誠実な行為」は原則として業務に関する法令違反による逮捕・起訴等15であるため、国土交通省からは指名停止措置を受けることを避けられる可能性があります。そうすると、指名停止措置の原因となりそうな不正行為について、事実関係の確認、法的観点からの整理を行い、影響を最小限に抑える方向での活動が必須となります。特に、業法違反や行政規制違反の場合には、所管行政庁とのやり取りも発生しますので、理論武装も必要となってきます。
そして、企業が指名停止措置を受けた場合、行政に措置を取り消してもらったり、金銭賠償を求めたりするという方策もあり得るところですが、行政争訟に関する高度な専門知識を要するため、ハードルが高くなります16。例えば、裁判で指名停止措置を取り消してもらおうと訴えても、理論的に難しい争点17が多いのです。
そのため、法令違反や行政処分の可能性を発見した場合には、行政機関を相手に指名停止措置を見据えた対応ができる弁護士に早期に相談し、対応をしていただくことをお勧めします。
以上
- 中小企業庁事業環境部取引課作成「令和4年度地方公共団体による中小企業者の受注機会の増大のための措置状況等調査結果」(令和6年1月)(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/kankouju/reference/r4_chihou_chousa.pdf)
- 令和6年4月19日付け閣議決定「令和6年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針について」の「令和4年度中小企業・小規模事業者向け契約実績」(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/kankouju/hoshin/r6.pdf)
- 国の場合は、会計法29条の3第1項、第3項及び第5項、地方公共団体の場合は234条1項を参照。①~③のほかにもせり売りという方式も認められています。
- 地方自治法234条2項参照。
- 昭和59年3月29日付け建設省厚第91号(https://www.mlit.go.jp/common/001380915.pdf)
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kenfudou/nyuu-kei/kensetsukouji/sankashikaku/teishi/documents/20220325shimeiteisiyouryou.pdf
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kanzai/nyuu-kei/buppin-itaku/sankashikaku/documents/simeiteisikijun-20230511kaisei.pdf
- 千葉県の建設工事に関する基準では「別表第1及び前各号に掲げる場合のほか、業務に関し不正又は不誠実な行為をし、建設工事等の契約の相手方として不適当であると認められるとき。」と定められています。
- 千葉県の物品購入等に関する基準では「業務に関し、法令違反等により行政処分を受けたとき。」と定められています。
- https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kanri/documents/shimeiteishiyoukouh270401.pdf
- https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/759868/simeiteisiyoukou.pdf
- https://www.pref.kanagawa.jp/documents/51055/shimeiteishiyouryou.pdf
- https://www.caa.go.jp/notice/enforcement/2024/
- https://x.com/caa_shohishacho
- 平成3年5月18日付け建設省厚発第172号「工事請負契約に係る指名停止等の措置要領の運用基準について」記7の七(https://www.mlit.go.jp/common/001040766.pdf)
- 指名停止措置取消訴訟、競争入札参加資格者の地位を有することの確認請求訴訟、国家賠償請求訴訟が考えられます。
- 処分性と訴えの利益が争点となりやすいです。指名停止措置の処分性について判断した最高裁判決はありませんが、下級審の裁判例では処分性を否定するものがあります(東京高裁平成24年2月28日判決)。また、処分性が認められたとしても、停止期間満了によって訴えの利益が否定されることもあります(岡山地裁平成12年9月5日判決)。
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