【I&S インサイト】外国公務員贈賄の基礎知識と厳罰化対応(不正競争防止法令和5年改正)

執筆者:土生川 千陽

 

 はじめに

不正競争防止法の一部を改正する法律(以下「令和5年改正法」といいます。)が、令和6年4月に施行されました。

不正競争防止法は、営業秘密等の様々な類型の不正競争を禁止している法律であり、今回の改正でも、デジタル空間における形態模倣の防止、営業秘密・限定提供データの保護強化、国際的な営業秘密侵害の訴訟手続き明確化についてそれぞれ改正されています。このような内容の令和5年改正法のうち、本稿では、外国公務員贈賄行為の拡充・厳罰化について取り上げます。

外国公務員贈賄は、令和5年改正前から、個人に対する刑罰及び法人に対する刑罰(罰金)が規定されていましたが、令和5年改正法により、この違法行為の範囲が拡大され、罰則も引き上げられています。これを日本企業の立場からみれば、外国での外国籍従業員の贈賄行為でも処罰を受けることとなるように処罰範囲が広がり、また、処罰の際の法定刑(罰金)も3億円以下から10億円以下へと大幅に引き上げられているため、これまで以上にリスクがあるといえます。

この機会に、外国公務員贈賄規程の基礎知識とその対応策を確認し、厳罰化を恐れなくてよい体制を確立することが重要です。

 

外国公務員贈賄の基礎知識

2.1 外国公務員贈賄の概要

外国公務員贈賄は、外国の公務員等に対して、国際的な商取引に関する営業上の不正の利益を得るために贈賄等をすることを禁止している規定です。1999年発効のOECD外国公務員贈賄防止条約を国内実施するために、平成10年(1998年)の不正競争防止法改正で導入されました。

 

(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)

第十八条 何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。

     

    外国公務員贈賄の要件
     ①国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得る目的

     ②職務に関する行為をさせる/orさせない目的

     ③外国公務員等に利益を供与、申込み、約束

     

    「外国公務員等」には、外国の公務員や外国政府関係機関の職員の他、公的な企業に従事する者、外国政府等から権限委任を受けている者も含みます(18条第2項)。

    外国公務員贈賄には、民事の規定がなく、刑事罰のみが規定されています。贈賄行為をした個人の刑罰の他に、いわゆる法人両罰の規定として、会社にも刑罰規定があります(21条及び22条。令和5年改正法による厳罰化については改正の項で触れます)。

    なお、会社の過失について、最高裁判所は次のように述べています。「法人処罰については、一般に、従業者等の選任・監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定し、その注意を尽くしたことの証明がないかぎり事業主も刑事責任を免れないとされ、法人処罰を免れるためには、積極的、具体的に違反行為を防止するために必要な注意を尽くしていたことが要求される」(最判昭40.3.26)。したがって、会社としては、他の内部統制システムと同様、外国公務員贈賄についてもその防止体制を構築・運用し、注意を尽くす必要があります。

    さらに、外国公務員贈賄は、日本法である不正競争防止法のほか、現地法である外国法における贈収賄や腐敗防止などの法規制にも違反する可能性が高く、そのリスクは予測困難と言わざるをえません。

     

    2.2 事例:三菱日立パワーシステムズ事件

    次に、実際にどのような案件で外国公務員贈賄が問題となっているのかについて、外国公務員贈賄が大きく報道された事件、また、外国公務員贈賄に関わったとされる会社の役員らの言動が問題になった事件である、三菱日立パワーシステムズ事件を確認します。

    タイで火力発電所の建設工事を請け負っていた三菱日立パワーシステムズ(以下「MHPS」といいます。)は、タイの公務員である港湾局の支局長から、MHPSの許可条件違反等(トン数の誤申請等の不備)に対して賄賂を要求されました。今後も海路での資材搬入を滞りなく継続する必要があったMHPSは、仮桟橋への接岸及び貨物の陸揚げを禁じないなどの有利かつ便宜な取り計らいを受ける趣旨のもとで、この港湾局支局長に対し、1100万タイバーツ(当時の換算で3993万円相当)を支払いました。この時、現地の従業員は、日本のMHPS本社に相談して指示を仰いでおり、日本本社の役員ら、中でも取締役常務執行役員兼エンジニアリング部長が「仕方ないな」等と発言したとされています。

    この事件は、MHPSの内部告発があり、MHPSは社内調査をした上で、日本の検察庁特捜部に自主申告しました。その後、合意制度(いわゆる司法取引)が適用され、MHPS自身は不起訴(起訴猶予)となっています。

    上記の役員らはいずれも有罪(うち2人が懲役1年6月執行猶予3年、1人が懲役1年4月執行猶予3年)となりました。「仕方ないな」発言をしたとされるA氏が共謀共同正犯にあたるかほう助犯にとどまるかの判断も注目されましたが、最高裁判所は共謀共同正犯にあたると判断しました1(最二小判令4.5.202 刑集76-4-452)。

     

    2.3 スモール・ファシリテーション・ペイメントの考え方

    外国公務員贈賄罪にとって従来からある問題点として、スモール・ファシリテーション・ペイメントがあります。

    外国の官公署などにおける通常サービスの手続き円滑化を目的とした少額の支払いは、スモール・ファシリテーション・ペイメント(SFP)と呼ばれ、慣例化していると言われてきました。特に発展途上国における通関、積荷検査、ビザの許認可等の通常事務においてなかば手続きに組み込まれるなどしている実態があり、この実態を受けて、贈収賄規制の適用除外(贈収賄とは取り扱わない)としている国もあるようです。

    日本でも、この種の支払いは「税金の一種」「必要悪」である等の考え方が一部には残っているようにも思えます。しかしながら、後の大きな贈賄行為へつながる第一歩となる可能性や、スモール・ファシリテーション・ペイメントに仮装して贈賄行為が行われることになるという理由で、スモール・ファシリテーション・ペイメントは認めない(贈賄である)というのが国際的なトレンドです。したがって、外国からの合理性のない差別的な取扱いを避けるための支払いであっても、「営業上の不正の利益」に該当し、外国公務員贈賄となる可能性があることを確認し、金銭や物品が少額であるからといって該当しないというわけではないと意識しなければなりません。

     

    改正の契機

    外国公務員贈賄が今回改正され、厳罰化された契機となっているのは、OECDの贈賄作業部会の審査の結果、日本に対して勧告がされたことです。

    贈賄作業部会の報告書では、条約の発効から20年が経過したにもかかわらず、日本はOECD外国公務員贈賄防止条約を十分に実施できていないこと、具体的には、日本が認知した外国公務員贈賄事案の件数が少なく、その処分件数も極めて少ない、という趣旨のことが述べられていました。そして、外国公務員贈賄事案の認知件数を高めること、執行、法人責任のあり方等について、勧告がされたのです。

     

    処罰範囲の拡大、厳罰化(令和5年改正法)

    上記の勧告に対応するため、令和5年改正が行われました。主な改正点は、①法定刑の厳罰化と、②処罰範囲の拡充です。さらに、令和5年改正にあわせて、かつ、改正法には織り込まれなかった点を取り込むものとして、外国公務員贈賄防止指針3が改定されています。

     

    4.1 令和5年改正のポイント① 厳罰化

    令和5年改正前の外国公務員贈賄罪の法定刑は、個人が5年以下の懲役、500万円以下の罰金又はこれらの併科、法人両罰による法人の法定刑は3億円以下の罰金でした。

    これがそれぞれ厳罰化され、令和5年改正後は、個人が10年以下の懲役、3000万円以下の罰金又はこれらの併科、法人両罰による法人の法定刑は10億円以下の罰金となりました。

    なお、不正競争防止法では、個人の法定刑にあわせて法人処罰の時効期間が定められていますので(22条3項)、個人の法定刑が重くなったことをうけ、法人の公訴時効も7年となります。

    <法定刑と公訴時効>

    改正前 改正後
     個人の法定刑

     5年以下の懲役、

     500万円以下の罰金 

     又はその併科

     10年以下の懲役、

     3000万円以下の罰金

     又はその併科
     法人の法定刑  3億円以下の罰金  10億円以下の罰金
     公訴時効  5年  7年

     

    (罰則)第21条

     次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

    一~三(略) 

     第十八条第一項の規定に違反したとき。

     

    (罰則)第22

     法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。

    一 前条第四項又は第六項(同条第四項に係る部分に限る。) 十億円以下の罰金刑

       

      4.2 令和5年改正のポイント② 処罰範囲の拡充

      外国公務員贈賄は、もともと、「何人も~してはならない」と規定し(18条1項)、日本国内で行われた贈賄行為であれば、行為者が日本人でも外国人でも罰せられます(属地主義)。これに加えて、外国で行われた行為であっても、日本人の行為は罰するとする規定があります(2110項)。

      令和5年改正法では、さらに、外国で外国人がした行為であっても、日本に主たる事務所を有する法人の役員・従業員等である場合には、日本の不正競争防止法で罰せられることとなりました(2111項)。

       

      <外国公務員贈賄行為の行われた場所と、それぞれの場合に違法となる行為者>

      贈賄行為の行為地 改正前 改正後
       日本

       ・何人も

       (日本人、外国人)

       ・何人も

      (日本人、外国人)

       外国  ・日本人  ・日本人
       ・日本に主たる事務所を有する法人の役員、従業員等であって、その法人の業務に関して贈賄行為を行った外国人

       

      (罰則)第二十一条

       次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

      一~三(略) 

       四 第十八条第一項の規定に違反したとき。

      5~9 (略)

      10 第四項第四号の罪は、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三条の例に従う。

      11 第四項第四号の罪は、日本国内に主たる事務所を有する法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者であって、その法人の業務に関し、日本国外において同号の罪を犯した日本国民以外の者にも適用する。

       

      法執行の強化とその対応策としての社内規程・研修見直し

      このように、OECD贈賄作業部会の勧告に応えるべく、令和5年改正法が成立・施行されました。しかし、そもそもOECD贈賄作業部会の最大の懸念は日本における贈賄事案の認知件数の少なさ、執行の少なさであり、日本に対する勧告の第一も、贈賄事案の認知件数を増やすことについてでした。したがって、勧告に応えようとする日本においては、法改正で一区切りということではなく、今後の法執行の強化は避けられないと考えられます。

      これを企業にとってみると、外国公務員贈賄について、令和5年改正による処罰範囲の拡大・厳罰化を知っていればよいということにはとどまりません。処罰範囲拡大・厳罰化のリスクとともに、執行強化のリスクがあることを念頭に、今一度、各企業が外国公務員贈賄に関する規程等を見直す必要があります。

      中でも、処罰範囲拡大により、日本に本社機能がある会社は、外国籍の従業員が外国で行った贈賄行為についても会社が責任を負うこととなったということを念頭に、改めて、報告や管理等に関する規程を見直す必要がないか、研修内容を更新したり、研修対象者拡大したりする必要がないかについて、早急な検討が必要です。また、執行強化への対応としては、外国公務員贈賄の事案を起こさないような研修の徹底はもちろんのこと、事案の芽の段階で適時に会社が把握できるような仕組みとなっているか(事前の許可制度や、事後の内部通報、自主申告制度等)の視点も重要です。

       

      おわりに

      以上のとおり、外国公務員贈賄は、以下の①②の両方に対応する必要があります。

       ① 法改正による処罰範囲拡大・厳罰化

       ② 執行強化

      これをリスクという面で考えると、外国公務員贈賄事案が起これば、重大な刑事上の責任を問われるリスクがあり、現地法のリスクもあること、加えて、これまで以上に、行政機関による探知に力がそそがれる状況であり、処罰範囲の拡大もあいまって、発生リスク自体もかつてなく高まっていることを認識する必要があります。また、外国公務員贈賄事案は広く世界中で報じられるなど、レピュテーションに与える影響が大きいことも想像に難くありません。

      これらのリスク対応の第一歩は、予防的な措置としての適切な社内規程とその運用、研修等です。令和5年改正法の施行を機に、外国公務員贈賄の知識を再確認し、厳罰化及び執行強化に対応できる社内規程・研修となっているか、規程の運用は適切かの確認が必要です。

       

      以上


       

      1. 東京地裁では共謀共同正犯として懲役刑、東京高裁では幇助犯として罰金刑(罰金250万円)の判決が出ていたが、最高裁は東京高裁判決を破棄、共謀共同正犯とした。
      2. https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91187
      3. 令和6年2月改定版(経済産業省知的財産政策室)。https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/zouwai/overviewofguidelines.html

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      • 土生川 千陽
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