【I&S インサイト】食べログ訴訟にみる独占禁止法の民事訴訟での展開

執筆者:林紳一郎

 

はじめに 

国内外で独禁法・競争法違反を理由とする行政機関による執行が盛んに行われていますが、日本における独禁法違反を問題とした民事訴訟というものは国外に比べてその例が少ないと言わざるを得ない状況でした。しかし、近年では日本でも独禁法を民事訴訟において活用する例が増えてきています。特に、優越的地位の濫用規制は、欧米にはない規制態様であり、日本独自の展開がみられます。例えば、大手グルメポータルサイトである食べログに関し、サイトの利用者が独禁法違反を理由とする訴えを提起(以下「食べログ訴訟」といいます。)したり、大手学習塾である武田塾のフランチャイズ校が、武田塾が直営塾を開校することに対して開校の差止めの仮処分の申立てをし、これが認められるなど、独禁法の当局である公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)による執行を待つのではなく、民事訴訟という手段を利用する新たな流れが見られるようになってきています。 

そのような中、令和6年1月19日に食べログ訴訟につき高等裁判所による判決がなされ、食べログを運営している株式会社カカクコム(以下「カカクコム」といます。)が逆転勝訴したというニュースがありました。今回は独禁法の民事訴訟における展開の一例として、なお関連した訴訟が続いている、いわゆる食べログ訴訟について考察をしていきます。 

 

本件訴訟の紹介 

2.1. 事案の概要 

    本件は、焼肉チェーン店の運営会社であり、飲食店ポータルサイトである食べログのサイト利用者である原告が、食べログの運営会社である被告を訴えた事件です。被告は、国内の飲食店約90万店舗のページを掲載しており、飲食店利用者により当該店舗に対する評価を記載したクチコミを約3,090万件掲載していました。また全国の飲食店を対象とした飲食店ポータルサイトの利用状況に関する調査によれば、2017年12月当時、日本国内で食べログを利用する飲食店の割合は84%であり、全ての飲食店ポータルサイトの中で最も高く、2020年3月当時でも67.2%と最も高い状況でした。このような状況の中、2019年5月21日に、原告は被告が食べログに表示された飲食店の評点を算出するアルゴリズムにつき、同一運営主体が複数店舗を運営している飲食店(以下「チェーン店」といいます。)の評点を、非チェーン店の評点に比べて下方修正する変更(以下「本件変更」といいます。)を実施しこれを維持していること(以下「当該行為」といいます。)に対して、当該行為は独禁法における取引条件等の差別取扱い(一般指定4項)または優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号柱書及び同号ハ)に該当し、原告に対して著しい損害を生ずる恐れがあることを主張して独禁法24条に基づき当該行為の差止めを求めるとともに、当該行為の結果として原告運営の飲食店の来店客数及び売上額が減少したなどと主張して、民法709条に基づく損害賠償を求めました。 

     

    2.2. 東京地裁判決における要旨 

    令和4年6月16日、東京地裁はカカクコムが自社のグルメポータルサイトである食べログにおいて、チェーン店を評価するアルゴリズムを「正常な商慣習に照らして不当に」変更したとして、優越的地位の濫用に該当するため独19条に違反する等として、民法上の不法行為を理由として、6億4,000万円の損害賠償請求のうち、3,840万円の限度で請求を認容しています(差止請求については棄却)。本件訴訟においては裁判所が初めて公取委に対して求意見をし、これにより公取委が本件訴訟に関する独禁法の適用その他の必要な事項について意見を述べた(独禁法79条3項)という点でも注目されます。 

     

    2.3 東京高裁判決における要旨 

    令和6年1月19日、東京高裁は、カカクコムが食べログにおいてチェーン店を評価するアルゴリズムを変更したことが非チェーン店と比較してどの程度来店人数等が減少しているのかに関しては証拠上必ずもし明らかではなく、また、アルゴリズムの変更においては、ステルスマーケティング等を防止するという課題が生じており、この課題を修正するために新ロジックを導入することにしたのであり、これまで1審において主張されてきた認知度の調整である本件変更や投稿者の影響度の調整である本件影響度調整これらの(以下これらを合わせて「本件変更等」といいます。)の実施は一定の合理的目的の下で相当な範囲において評価され、広告宣伝方法が従前より制限されたとはいえないことを総合的に考慮すると、本件変更等が取引主体としての自主性を抑圧する行為であるとまではいえないというべきであると判示しました。 

     

    本件訴訟に関する検討 

    3.1. 優越的地位の濫用を理由とする不当利得に基づく利得金返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求の主張 

    行為者が取引上の優越的な地位を利用して、取引の相手方に、ある法律行為を強制したことにより、行為者が利益を受け取引の相手方が損失を被っている場合、取引の相手方としては当該法律行為が優越的地位の濫用であり公序良俗に反し民法90条により無効であるとし、不当利得に基づく返還請求を行うことができます。また、当該法律行為の強制が不法行為にあたるとして民法709条に基づき損害賠償請求を行うことも考えられます。この選択は立証の難易度、時効の期間や遅延損害金の起算点などを考慮し自己に有利な方法を選択することが考えられます。 

     

    3.2. 優越的地位の濫用規制 

    独禁法2条9項5号ハは、①「事業者」が、②取引の相手方に対して、③「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」を、④「利用して」、⑤「…その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、もしくは変更し、又は取引を実施すること」に該当する行為を、⑥「正常な商慣習に照らして不当に」行うことを要件とし、当該行為を優越的地位の濫用として規制しています。 

    特に、本件訴訟においては、本件変更等が「正常な商慣習に照らして不当に」されたものであるか重要な争点であり、東京高裁判決がカカクコム側の逆転勝訴となった理由もこの要件の充足性につき東京地裁とは異なる判断がなされたことによります。そこで、要件⑥につきどのような基準のもとで判断が行われ、どのような点で評価が分かれることとなったのか、以下検討をしてみたいと思います。 

     

    3.3. 本判決の具体的検討 

    3.3.1. 要件⑥に関する裁判所の考え方 

    東京地裁は本件訴訟において独禁法の適用その他の必要な事項について公取委に求意見を行いましたが、要件⑥「正常な商慣習に照らして不当に」の解釈については、優越的地位の濫用ガイドライン及びラルズ事件高裁判決と同様に、「行為の意図・目的、態様、不利益の内容・程度(例えば、①取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなるか否か、②取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的である認められる範囲を超えた負担となり、不利益を与えることとなるか否か)等を総合考慮し、専ら公正な競争秩序の維持、促進の観点から是認される商慣習に照らして不当であるか否かという見地から判断するのが相当である」かを判断基準としています。 

     

    3.3.2. 東京地裁の判断 

    東京地裁判決では、本件アルゴリズムの変更はチェーン飲食店のみを対象としたものであること、評点の変更があった本件21店舗のチェーン店における食べログ経由の来店人数などが実際に減少したこと、本件変更による不利益が原告らチェーン飲食店にとって事前に計算不可能な不利益を与える可能性があること、被告はアルゴリズムの内容について何ら具体的に公表しておらず、(一部黒塗りになっている部分では)特定の要素の勘案の方法が飲食店にあらかじめ計算できない不利益を与えることが否定できないことなどを理由として要件の充足を肯定しており、意見書に記載があるアルゴリズムの全体的な内容及び変更の状況、本件アルゴリズムが適用される対象、対象とされる店舗に与える不利益等に着目して不当性の判断を認める判断をしました。 

     

    3.3.3. 東京高裁の判断 

    3.3.3.1. 地裁との判断が分かれた理由 

    東京高裁においても東京地裁と同じ規範で判断を行っていますが、東京地裁とは異なった結論を導いています。この差異を生んだ大きな原因は、これまで1審において主張されてきた認知度の調整である本件変更や投稿者の影響度の調整である本件影響度調整たる本件変更等に加えて、本件変更を実施する前提として、ステルスマーケティングなどの防止を目的としたロジックの導入(以下「新ロジック」といいます。)がなされたことを初めて主張するに至り、これが本件変更等に含まれることと認定されたことであると思われます。 

     

    3.3.3.2. 新ロジックの内容 

    新ロジックの内容については大部分が黒塗りとなっており、詳細は分かりませんが、その目的(必要性)について東京高裁は以下のように判示しています。 

    「食べログ上の評価制度は…飲食店で実際に飲食物等の提供を受けた投稿者からの口コミを基にして算出される数値とされて」いるが、「このような算出方法は…実際には他の投稿者の口コミの影響を無意識に受けた口コミが投稿されることもあれば、投稿者の食べ歩き経験の深さによっても飲食店に対する評価が分かれ得る上、中には評点を故意に上げようとしていわゆるヤラセによる口コミもあり得る一方、例えば、専ら地元の住民に繰り返し利用され、投稿者がほとんどいない飲食店も存在し得るから、当該飲食店に対する一般消費者の感覚とのずれを生じやすいという問題を内包するものである 

    このように東京高裁は、食べログの評価制度上の課題を認定しており、新ロジックがこの課題を解決するためのものだとすると、新ロジックはステルスマーケティングなどにより食べログの評価に不当に影響を与えることを修正するためのロジックであるといえそうです 

     

    3.3.3.3. 判決の内容 

    以上のような新ロジックの内容を含む本件変更等について東京高裁は、要件⑥「正常な商慣習に照らして不当に」といえるかにつき、前記東京地裁と同じ判断基準を用いて以下のように認定しています。 

     

    • 本件変更等は、上記のような評点の算出における問題(筆者注:ステルスマーケティングなどの評価方法上の課題のこと)を改善する目的と必要性に応じて、一般消費者である食べログ利用者の評点に対する信頼を確保するために行われたものであり、その変更内容も目的との関係で不合理なものとは認め難」い 

     

    • 評点の性質やその算出方法である本件アルゴリズムの変更の目的(必要性)及び内容等に照らせば、本件変更等によって、第1審原告の運営する本件21店舗の各評点を下落させる結果が生じたとしても、それだけでは第1審原告の飲食店市場における競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすとまでは認め難く、その影響は限定的なものといえる 

     

    • 第1審原告は、本件変更等によって生じた本件21店舗の各評点の下落の結果、多額の営業損害等が生じたものと主張しているが、本件において第1審被告の違法行為として主張されている行為は、本件21店舗について下落した評点を食べログ上に掲載したという第1審被告の行為ではなく、本件アルゴリズムについて本件変更等を行った行為であり、この行為の結果として評点が下落したことで、証拠上、本件21店舗との間で顧客を取り合うような関係がある競争店舗(ジャンルやエリア等の条件の下で利用者が競合する非チェーン店)の営業利益と対比して、第1審原告に多額の営業損失を生じ、あるいは生じるおそれがあったとまでは認められない。 

     

    3.3.3.4. 判決の要点 

    このように東京高裁は、新ロジックを含んだ本件変更等についてその目的、必要性があり、相当な手段を持って行われたものであるから、不合理なものとはいえないこと、本件変更等によってそれだけでは飲食店市場における競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすものではないこと、原告の多額の営業損害等は、本件21店舗について下落した評点を食べログ上に掲載したという第1審被告の行為ではなく、本件アルゴリズムについて新ロジックを含んだ本件変更等を行った行為により生じたのであり、非チェーン店の営業利益と対比して、第1審原告に多額の営業損失を生じ、あるいは生じるおそれがあったとまでは認められないことを理由として、原告の請求を棄却しました。 

    この本判決からいえることは、たとえポータルサイトの利用者にアルゴリズムの変更が具体的にわからない形でなされたとしても、その変更の目的、必要性が合理的なものであれば、それだけでは当該市場における競争環境に大きな影響を及ぼすとまでは認められないこと、ポータルサイトなどを運営するプラットフォーム事業者はアルゴリズムの内容をあらかじめ公開する義務まではないため、ポータルサイトの利用者がアルゴリズムの変更について訴訟上主張するためには、具体的に何のアルゴリズムの影響により損失が発生したのかを特定する必要があるということです。しかし、ポータルサイトの一利用者が当該ポータルサイト上のアルゴリズムに具体的にどのような変更があったのかまで事前に特定することは難しいと思われ、訴訟上の証拠保全、求釈明などをどのように活用していくかが重要になると思われます。 

     

    3.4. 本件訴訟のまとめ 

    本件訴訟の特徴として、裁判所が初めて公取委に対して求意見をし、これにより公取委が意見を述べたことは前記のとおりですが、これに関連して、公取委は本件訴訟以前の令和2年3月18日に、「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」(以下「本報告書」という。)を公表しています。本報告書では、外食市場の概要や、飲食店ポータルサイトに係る取引の内容、飲食店ポータルサイトに係る取引における公正な競争の促進等について記載しており、飲食店ポータルサイトの取引の現状を把握し、独禁法上の問題を考える上での一助となるものとなっています。本件訴訟において提出された公取委の意見書においても、例えば要件⑥の判断に関し、「本件アルゴリズムの設定・運用が公正競争阻害性を有するか否かを判断するにあたっては、店舗の点数に適用されるアルゴリズムの全体的な内容及び変更の状況(どのような要素が勘案されているか、要素の見直し・変更がどのような頻度で行われているか等)に加え、本件アルゴリズムが、いつ、いかなる範囲の飲食店を対象に、どのような方法により設定され、運用されているか(飲食店との事前の協議の有無を含む。)、また、飲食店に対し、その自主性を抑圧する性格を有するものであるか、どの程度の不利益を与えるものであるか」、「本件アルゴリズムの設定・運営の理由が合理的であるか否か、その設定・運営が恣意的になされたか否か」についていずれも考慮要素になるとの指摘をしています。前記のように本件訴訟においてはまさにこの部分の裁判所の事実認定によって地裁判決と高裁判決の判断が分かれたことからしても、公取委による報告書、意見書が民事訴訟においても重要な役割を果たすようになってきているということがいえると思います。 

     

    終わりに 

    本判決から言えることは、民事訴訟においても、公取委への求意見というルートを介して、独禁法違反を争いやすくなったともいえることです。従来であれば個人が民事訴訟において独禁法違反を争う場合には、適用する法令の解釈が分かりにくいこと、捜査機関ではない個人による証拠収集の限界、事実認定の困難性などの問題があり、裁判所に独禁法違反を理由として訴訟を提起しても認容判決を獲得することは容易なことではありませんでした。しかし、公取委への求意見が認められたことや、意見書の下地となる公取委の各分野に係る報告書が充実してきたこと、民事訴訟における独禁法事件の判断の蓄積などにより、以前よりも民事訴訟において独禁法を活用し易くなってきている状態にあるといえます。もっとも、主張の組み立て方次第では、本件訴訟のように事実認定によって判断が覆ってしまうこともあり、公取委による意見書等の下地を踏まえた上でどのように法的主張の組み立てをするのかは独禁法に精通している弁護士による綿密な分析が必要であるともいえます。 

    以上のように、独禁法を民事上の規定に読み込んで民事訴訟として争われることが増えており、今後もそのような傾向は続いていくことと思われます。また、デジタルプラットフォーム分野においては、デジタルプラットフォーム透明化法やスマートフォンアプリ市場の新法の施行も予定されており、これらの動向も含めて、公取委による執行状況だけではなく、引き続き民事訴訟分野での独禁法の動向について注視することが求められます。 

     

    以上

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    • 林 紳一郎
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