【I&S インサイト】美容クリニックにおけるクーリング・オフや刑事罰の落とし穴 〜特定商取引法の規制対象となる美容医療とは〜

執筆者:宮内優彰

 

一定の美容医療は特定商取引法の規制対象となる

近年の美容意識の高まりとともに、美容クリニックでは様々な美容医療サービスが提供されています。その中には、コースプランやサブスクリプションとして一定期間あるいは一定回数継続して治療を行う例も見られます。

しかし、2回以上の継続治療を内容とする契約の勧誘・締結は、特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号)(以下「特定商取引法」といいます。)が規制する「特定継続的役務提供」(特定商取引法41条)に該当し、様々な規制の対象となる可能性があります。

 

本稿では、特定商取引法を所管する消費者庁取引対策課での勤務経験を有する筆者が、同法の規制対象となる美容医療や手当をしなかった場合のリスク等について解説します。

 

特定商取引法が規制する美容医療(特定継続的役務提供)とは?

特定商取引法は7類型の取引を規制対象としていますが、その中の1つに「特定継続的役務提供」があり、これには、

(要件A役務の提供期間が「1月を超え」、かつ、対価の額が「5万円を超え」る

(要件B下記①〜⑤のいずれかに該当する美容医療

が含まれます(特定商取引法41条、同法施行令24条・25条・別表4、同法施行規則91条)。

  1. 光の照射又は針を通じて電気を流すことによる方法での脱毛
  2. 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法でのにきび、しみ、そばかす、ほくろ、入れ墨その他の皮膚に付着しているものの除去又は皮膚の活性化
  3. 薬剤の使用又は糸の挿入による方法での皮膚のしわ又はたるみの症状の軽減
  4. 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法での脂肪の減少
  5. 歯牙の漂白剤の塗布による方法での歯牙の漂白

     

    (1)(要件A)について

    ア 「1月を超え」の意義

    提供期間が定められているものは当該期間をもって役務の提供期間とし、期間の定めのないもの(例えば治療回数のみ定めた場合)については、特段の事情のない限り1月を超えるものとして扱われます。

    また、一定期間(回数)は無料で治療するような場合には、当該無料部分も含めて提供期間を算定します。

     

    イ 「5万円を超え」の意義

    治療に際し購入しなければならない商品やサービスがある場合には、これらの対価も含めた額をもって5万円を超えているかを判断します。また、消費税等諸税についても含めた額で判断します。

    したがって、例えば、複数回の(1月を超える又は期間を定めない)治療コースの料金が4万3千円だったとして、それとは別途診察料として3千円が生じる場合には、10%の消費税額込みで5万円を超えるため、本要件に該当することとなります。

     

    ウ 治療1回ごとに契約する場合(実質的な一体性の検討)

    上記は2回以上の継続治療を契約する場合を想定しており、1回の治療に係る契約を複数回締結した結果、合計の役務提供期間が「1月を超え」、対価の額が「5万円を超え」ることとなった場合は、原則として特定継続的役務提供には該当しません。

    しかし、2回目以降の治療の継続について消費者を拘束する事情が存在し、消費者の選択の自由が妨げられていると認められる場合には、1回目の契約と2回目以降の契約は実質的に一体のものとなり、1回目の治療を含め「1月を超え」及び「5万円を超え」の要件を満たすか判断されることとなります(消費者庁「特定継続的役務提供(美容医療分野)Q&A」参照)。実質的に一体となるかについては、契約内容や勧誘の際の文言等を客観的に検証し個別具体的に判断することとなります。

     

    (2)(要件B)について

    ア 光の照射又は針を通じて電気を流すことによる方法での脱毛(前記①)

    「光の照射」にはレーザー照射が含まれまるところ、現在の医療脱毛はレーザー脱毛が主流といえますので、ほとんど全ての医療脱毛がこれに当たると考えられます。

     

    イ 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法でのにきび、しみ、そばかす、ほくろ、入れ墨その他の皮膚に付着しているものの除去又は皮膚の活性化(前記②)

    「皮膚の活性化」が含まれていることから、表皮又は真皮に作用する(作用する可能性がある)施術はこれに該当するといえます。したがって、HIFU、サーマクール、ダーマペン、ポテンツァといった人気の施術は基本的に対象になると考えられます。

    また、方法として「薬剤の使用・・・による方法」も含まれますので、ケミカルピーリングや肌の若返り等をうたう美容点滴等も含まれるといえます。

     

    ウ 薬剤の使用又は糸の挿入による方法での皮膚のしわ又はたるみの症状の軽減(前記③)

    糸リフト治療はもちろん、「薬剤の使用・・・による方法」も含まれますので、ヒアルロン酸等の注射も含まれます。

     

    エ 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法での脂肪の減少(前記④)

    脂肪溶解レーザーや脂肪溶解注射などが含まれます。また、「機器を用いた刺激による方法」には、近年盛んに広告等されている脂肪冷却治療も含まれるといえます。

     

    オ 歯牙の漂白剤の塗布による方法での歯牙の漂白(前記⑤)

    ホワイトニングが対象となり、歯列矯正は含まれません。

     

    規制対象となることを知らないことのリスク

    特定継続的役務提供に該当する場合、例えば、事業者には締結予定の契約内容の概要を記載した「概要書面」や、実際に締結した契約の内容を明らかにする「契約書面」を交付する義務が生じます(特定商取引法42条1項・2項・4項)。

    また、消費者は「契約書面」の交付を受けた日から起算して8日間はクーリング・オフ(一切の負担を伴わない無条件の申込み撤回・解除)を行うことができますし(特定商取引法48条1項)、「契約書面」を交付していない場合や、交付していても法定記載事項に不備がある場合には、半永久的にクーリング・オフの対象になると考えられます1

    加えて、商品やサービスの内容や条件等に関する誇大広告や不実告知も禁止されます(特定商取引法43条、44条1項)。

    そして、不備のない「概要書面」及び「契約書面」の交付義務に違反した場合、誇大広告をした場合、クーリング・オフできる消費者に対してそれを認めない(あるいは特定の条件を満たさない限り認めない)旨述べるなどの不実告知を行った場合等には、業務停止命令等の行政処分の対象となるだけでなく(特定商取引法46条1項、47条1項・2項、47条の2第1項・2項)、刑事罰の対象にもなります(特定商取引法70条1号、71条1号、72条1項1号)。

     

    思わぬ違反で事業の芽を摘まないために

    美容医療には非常に高い需要があり、今後も市場の発展が見込まれますが、その分、クレームの増加や、消費者、競合他社等による違反行為の通報なども増加していくことが予想されます。また、将来性があり、多くの消費者の人生を好転させることが期待される一方、SNS等で不祥事や悪い噂などが一気に拡散され、レピュテーションリスクが生じやすい分野でもあります。

    このようなことからすれば、思わぬ違反により、消費者からの一斉クーリング・オフや突然の刑事事件化などが起こらないよう、特定商取引法を十分に理解してクリニックの運営をする必要があります。

    特定継続的役務提供にあたるかは、個別具体的な検討が必要ですし、特定継続的役務提供にあたらないようにするためには、契約内容の見直しや従業員マニュアルの整備等も重要となります。また、仮に特定継続的役務提供にあたる場合には、消費者に交付する書面は、細心の注意を払い完璧な内容のものにする必要がありますし、特定商取引法に違反しないよう、徹底した医師・従業員の教育を行う必要があります。

    本稿をご覧いただき、ドキッとした方、特定商取引法や特定継続的役務提供という言葉を初めて知ったというクリニック関係者は、弁護士に相談するなどして一刻も早く手当していただく必要があるものと存じます。

     

    以上


    1. あまりにも長期間経過した後などに行われるクーリング・オフは、権利濫用として認められない場合もあります。

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