【I&S インサイト】ヘルスケア(医療・医薬品・医療機器等)分野における独禁法違反等事例
DATE 2024.01.24
執筆者:越田雄樹
1.はじめに
カルテル等の独禁法違反が生じやすい業界に共通していることは、業界構造等により厳しい競争がなされていることや、市場が寡占状態にあることが挙げられます。
ヘルスケア(医療・医薬品・医療機器等)分野もそのような業界の一つです。
通常、商品の取引では、原材料の価格が上がれば、メーカー、卸売業者、小売業者などの事業者は値上がり分を価格に転嫁することで調整ができます。一方で、例えば、医薬品業界は保険診療における薬価制度が存在することで、最終的な販売価格が固定されています。そうすると、各事業者は原材料費の値上がり分を価格に転嫁できず、各事業者が負担しなければならず、厳しい競争にさらされています。
また、昨今、医薬品や医療機器の価格競争は激化しており(この行為そのものが優越的な地位の濫用にあたるのではないかという論点は本稿では割愛しますが)、例えば、コンサルティングファームが医療機関にアドバイスを行う一環として、メーカーとの医薬品等の値下げ交渉を促す(又は代理交渉する)ケースが増加しているなど、医療機関側からの圧力も存在します。
さらに、医薬品や医療機器について、特定の医薬品等のメーカーが数社に限定されており、当該市場をその数社で独占しているようなケースがあるなど、市場が寡占状態に陥りやすくなります。
このような独特の業界構造によって、ヘルスケア業界はカルテルを含む独禁法違反の事例が起こりやすい業界であるといえます。
本稿では、近年の独禁法違反等事例のうち、ヘルスケア分野に係る事例を取りまとめます。
2.ヘルスケア分野における独禁法違反等例
①愛知県又は岐阜県に所在する病院が発注する医事業務の入札等の参加業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令(令和4年10月17日)
(画像は公正取引委員会ウェブサイトより引用。以下同じ。)
適用法令
3条後段
違反行為概要
ニチイ学館及びソラストの2社(以下「2社」という。)は、遅くとも平成27年3月9日以降、特定医事業務について、既存の取引の維持及び受注価格の低落防止を図るため
(1)ア 入札等において、2社が競合することが見込まれる状況となった場合に、受注すべき者(以下「受注予定者」という。)を決定する
イ 受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する旨の合意の下に
(2)ア 既存業者(病院の開設者又は管理者が入札等を実施する時点で、当該病院の特定医事業務を受注している者をいう。)を受注予定者とする
イ 受注予定者が提示する入札価格又は見積価格(以下「入札価格等」という。)は、受注予定者が定める
ウ 受注予定者以外の者は、入札等に参加しない若しくは入札等を辞退する又は受注予定者が定めた入札価格等よりも高い入札価格等を提示する
ことにより、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた。
これにより、2社は、公共の利益に反して、特定医事業務の取引分野における競争を実質的に制限していた。
②独立行政法人国立病院機構が発注する九州エリアに所在する病院が調達する医薬品の入札参加業者らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令(令和5年3月24日)
適用法令
3条後段
違反行為概要
アステム、翔薬、九州東邦、富田薬品、アルフレッサ及びアトルの6社(以下「6社」という。)は、遅くとも平成28年6月24日以降、特定医薬品について、自社の利益を確保するため
(1)ア 特定医薬品を医薬品の製造販売業者等で区分した医薬品群(以下「特定医薬品群」という。)ごとに、受注すべき者(以下「受注予定者」という。)を決定する
イ 受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する
旨の合意の下に
(2) 会合を開催するなどして
ア 入札に参加していたアステム、翔薬、九州東邦、富田薬品及びアトルの5社は、それぞれの各年度の受注予定比率を設定し、同比率に合うよう特定医薬品群ごとに受注予定者を決定する
イ 受注予定者が提示する入札価格は、受注予定者が定め、受注予定者以外の者は、受注予定者がその定めた価格で受注できるよう、受注予定者が連絡した価格を上回る入札価格を提示するなどして協力することにより、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた。
これにより、6社は、公共の利益に反して、本件医薬品の取引分野における競争を実質的に制限していた。
③独立行政法人地域医療機能推進機構が発注する医薬品の入札参加業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令(令和4年3月30日)
適用法令
3条後段
違反行為概要
(1) 平成28年入札医薬品に係る違反行為
アルフレッサ、東邦薬品、スズケン及びメディセオの4社(以下「4社」という。)は、平成28年6月8日以降、東京都千代田区所在の貸会議室において、部長級、課長級等の営業担当者による会合を開催して、平成28年入札医薬品のうち「藤本製薬」の医薬品を除く医薬品について、受注価格の低落防止等を図るため、
ア(ア) 4社それぞれの受注予定比率を設定し、同比率に合うよう平成28年入札医薬品を医薬品の製造販売業者等で区分した医薬品群ごとに受注すべき者(以下「受注予定者」という。)を決定する
(イ) 受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する旨の合意の下に
イ(ア) 既存の取引(入札が行われる時点での卸売業者とJCHO57病院間における単価購入契約をいう。以下同じ。)等を勘案し、前記受注予定比率に合うよう医薬品群ごとに受注予定者を決定する
(イ) 受注予定者が提示する入札価格は、受注予定者が定め、受注予定者以外の者は、受注予定者等が連絡した価格以上の入札価格を提示する
などにより、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた。
これにより、4社は、公共の利益に反して、平成28年入札医薬品の取引分野における競争を実質的に制限していた。
(2) 平成30年入札医薬品に係る違反行為
4社は、平成30年6月1日以降、東京都千代田区所在の貸会議室において、部長級、課長級等の営業担当者による会合を開催して、平成30年入札医薬品について、受注価格の低落防止等を図るため、
ア(ア) 4社それぞれの受注予定比率を設定し、同比率に合うよう平成30年入札医薬品を医薬品の製造販売業者で区分した医薬品群ごとに受注予定者を決定する
(イ) 受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する旨の合意の下に
イ(ア) 既存の取引及び医薬品群の薬価総額等を勘案し、前記受注予定比率に合うよう医薬品群ごとに受注予定者を決定する
(イ) 受注予定者が提示する入札価格は、受注予定者が定め、受注予定者以外の者は、受注予定者が連絡した価格以上の入札価格を提示する
などにより、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた。
これにより、4社は、公共の利益に反して、平成30年入札医薬品の取引分野における競争を実質的に制限していた。
④クーパービジョン・ジャパン株式会社から申請があった確約計画の認定(令和2年6月4日)
適用法令
19条(一般指定12項:拘束条件付取引)
被疑行為概要
ア クーパービジョン・ジャパンは、自社の一日使い捨てコンタクトレンズ及び二週間頻回交換コンタクトレンズ(以下「自社の一日使い捨てコンタクトレンズ等」という。)の販売に関し、小売業者に対して、広告への販売価格の表示を行わないように要請していた。
イ クーパービジョン・ジャパンは、自社の一日使い捨てコンタクトレンズ等の販売に関し、小売業者に対して、医師の処方を受けた者にインターネットによる販売を行わないように要請していた。
⑤株式会社シードから申請があった確約計画の認定(令和2年11月12日)
適用法令
19条(一般指定12項:拘束条件付取引)
被疑行為概要
ア シードは、自社の「Pureシリーズ」と称する一日使い捨てコンタクトレンズ及び二週間頻回交換コンタクトレンズの販売に関し、小売業者に対して、広告への販売価格の表示を行わないように要請していた。
イ シードは、自社の「Pureシリーズ」と称する一日使い捨てコンタクトレンズ及び二週間頻回交換コンタクトレンズの販売に関し、小売業者に対して、医師の処方を受けた者にインターネットによる販売を行わないように要請していた。
⑥日本アルコン株式会社から申請があった確約計画の認定(令和3年3月26日)
適用法令
19条(一般指定12項:拘束条件付取引)
被疑行為概要
ア 日本アルコンは、自社の一日使い捨てコンタクトレンズ、二週間頻回交換コンタクトレンズ及び一か月定期交換コンタクトレンズ(以下「自社の一日使い捨てコンタクトレンズ等」とい。)の販売に関し、小売業者に対して、広告への販売価格の表示を行わないように要請していた。
イ 日本アルコンは、自社の一日使い捨てコンタクトレンズ等の販売に関し、小売業者に対して、医師の処方を受けた者にインターネットによる販売を行わないように要請していた。
⑦コーアイセイ株式会社に対する排除措置命令及び課徴金納付命令(令和元年6月4日)
適用法令
3条後段
違反行為概要
(1)ア 日本ケミファは、コーアイセイに対し、自社製品とする後発炭酸ランタンOD錠の全量を製造委託することとしていたところ、コーアイセイ及び日本ケミファの2社(以下「2社」という。)は、平成30年6月20日、後発炭酸ランタンOD錠について安売りはしない旨を相互に確認した。
イ 日本ケミファは、平成30年7月20日、コーアイセイに対して、自社製品とする後発炭酸ランタンOD錠の仕切価(卸売業者向け販売価格)を提示した上、これを目途にコーアイセイが自社製品とする後発炭酸ランタンOD錠の仕切価を合わせるよう依頼した。
ウ コーアイセイは、前記イの依頼に応じ、平成30年8月上旬、日本ケミファに対し、自社製品とする後発炭酸ランタンOD錠の仕切価を前記イにより日本ケミファから提示された価格を目途とする旨を回答した。
(2) 前記(1)により、2社は、遅くとも平成30年8月上旬までに、後発炭酸ランタンOD錠の仕切価について、低落を防止し自社の利益の確保を図るため、日本ケミファが同年7月20日にコーアイセイに対して提示した価格を目途とする旨を合意した。
⑧カルバン錠の販売業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令(令和2年3月5日)
適用法令
3条後段
違反行為概要
(1) 鳥居薬品及び日本ケミファの2社(以下「2社」という。)は、かねてから、薬価改定に伴い改定するカルバン錠の仕切価(卸売業者向け販売価格)に関して情報交換を行っていたところ、遅くとも平成26年3月5日以降、仕切価の低落を防止し自社の利益を確保するため、2社のカルバン錠の仕切価を合わせる旨の合意の下に、薬価改定が行われることとなった場合には2社の営業部課長級の者らによる会合を開催するなどして、カルバン錠の仕切価を同一の価格又はおおむね同一の価格とすることを決定していた。
(2) 2社は、前記(1)の合意をすることにより、公共の利益に反して、我が国におけるカルバン錠の販売分野における競争を実質的に制限していた。
⑨日本メジフィジックス株式会社から申請があった確約計画の認定(令和2年3月12日)
適用法令
3条前段
19条(一般指定14項:競争者に対する取引妨害)
被疑行為概要
ア 富士フイルムRIファーマ株式会社(平成30年10月1日付けで商号を富士フイルム富山化学株式会社に変更したものである。以下「FRI」という。)が、フルデオキシグルコース(以下「FDG」という。)の製造販売業への新規参入に当たり、FDGの卸売を行う公益社団法人日本アイソトープ協会(以下「協会」という。)を通じて、全国一律価格ではなく、配達地域に応じた複数の価格(以下「地域別価格」という。)で同社が製造するFDGを販売しようとしていたところ、日本メジフィジックスは、平成29年5月頃、協会に対し、FRIと地域別価格によるFDGの取引をした場合には、自社が製造するFDG等の販売を停止する意思がある旨を伝えた。
イ 日本メジフィジックスは、平成29年5月頃以降、FRIがFDGの自動投与装置の製造販売業者と共同開発したFDGの自動投与装置(以下「特定自動投与装置」という。)の導入があり得た南関東地区及び近畿地区所在の取引先医療機関に対し、特定自動投与装置において、自社が製造販売するFDGを使用できる可能性があったにもかかわらず、明確な根拠なく特定自動投与装置では使用できないと説明していた。
ウ 日本メジフィジックスは、平成29年5月頃、FRIが製造販売するFDGを購入している南関東地区及び近畿地区所在の取引先医療機関から自社が製造販売するFDGの当日中の配送依頼を受けた際にはこれを拒否する旨の方針を定めて社内周知し、以後、当該方針に沿って依頼を拒否していた。
⑩一般社団法人吉川松伏医師会に対する排除措置命令(平成26年2月27日)
適用法令
8条1号
違反行為概要
(1) 吉川松伏医師会は、会員が設定するインフルエンザ任意予防接種の料金について、ア 平成23年10月14日に開催した理事会において、次のとおり決定し、同月17日にこれを会員に周知した。
(ア) 13歳未満の者を対象とする1回目の料金を3,700円、2回目の料金を2,650円とすること
(イ) 13歳以上の者を対象とする1回目の料金を4,450円とすること
イ 平成24年9月14日に開催した理事会において、前記アの決定に替えて次のとおり決定し、同月18日にこれを会員に周知した。
(ア) 13歳未満の者を対象とする1回目の料金を3,700円以上、2回目の料金を2,600円以上とすること
(イ) 13歳以上の者を対象とする1回目の料金を4,450円以上、2回目の料金を2,900円以上とすること
(2)会員は、前記(1)の決定及び周知に基づき、おおむね、吉川松伏医師会が決定したとおりインフルエンザ任意予防接種の料金を設定し、当該予防接種を実施していた。
(3) 吉川松伏医師会は、前記(1)の決定及び周知により、吉川松伏地区におけるインフルエンザ任意予防接種の取引分野における競争を実質的に制限していた。
⑪ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社に対する件(平成22年12月1日)
適用法令
19条(一般指定12項:拘束条件付取引)
違反行為概要
ア 取引先小売業者との取引に当たり、ワンデーアキュビュー90枚パックの販売及びワンデーアキュビューモイスト90枚パックの販売に関し、それぞれ、当該製品の販売開始以降、当該取引先小売業者に対し、広告において販売価格の表示を行わないようにさせていた。
イ DDプランと称する販売促進策の対象事業者としてジョンソン・エンド・ジョンソンが選定した取引先小売業者との取引に当たり、ワンデーアキュビューモイスト30枚パックの販売に関し、遅くとも平成21年12月以降、当該取引先小売業者に対し、ダイレクトメールを除く広告において販売価格の表示を行わないようにさせていた。
3.結語
上記のように、ヘルスケア(医療・医薬・医療機器等)分野においては数多くの独禁法違反等の事例が存在し、公正取引委員会が注視している分野の1つといえます。
また、③の事例のように関係者が起訴され、刑事事件として取り扱われる場合があるなど、独禁法違法となった場合の事業上のインパクトだけにとどまらない可能性もあります。
事業者としては、弁護士等の専門家と連携のうえ、公正取引委員会の執行トレンドなどの情報収集を行うなどして、社内のコンプライアンス体制を整備し、独禁法違反とならないような事業運営を心がける必要があります。
以上
詳細情報
執筆者 |
|
---|---|
取り扱い分野 |
取り扱い分野で絞り込む
- 独占禁止法/競争法
- 独占禁止法の当局対応
- 独占禁止法/競争法上のアドバイス
- 他社の独禁法違反に対する対応
- 独占禁止法コンプライアンス
- 不正競争防止法/営業秘密
- 企業結合審査/業務提携
- 外国競争法
- 下請法
- 消費者法
- 景品表示法・その他の表示規制の相談
- 景品表示法・その他の表示規制の相談
- 景品表示法コンプライアンス
- 他社の景表法違反に対する対応
- 景品表示法の当局対応(危機管理)
- 広告代理店/アフィリエイターによる広告
- 食品表示
- 個人情報・プライバシー・セキュリティ
- 消費者安全関係/PL(製造物責任)
- 特定商取引法・電子メール規制
- 消費者争訟・消費者団体対応
- プライバシー/情報法
- 電子商取引法・デジタルプラットフォーム規制
- 関連分野
- 一般企業法務(ジェネラル・コーポレート)
- ヘルスケア
- IT
- ゲーム
- 広告ビジネス
- 電気通信事業