【I&S インサイト】アニマルウェルフェアと競争法 ―EU競争法の動き―

執筆者:福島紘子

 

昨年2023年は、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から、EU競争法上大きな動きがありました。アニマルウェルフェアとは、日本も加盟している国際獣疫事務局(WOAH)のホームページによれば、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態をいう」と定義されています。一言でいえば、動物(特に家畜)への負荷を減らす取組み、といえるかと思います。

アニマルウェルフェアについては、日本の独禁法を所轄する公取委として今のところ目立った動きはありません。しかしやはり昨年、農畜産物の輸出強化を目指している農水省が「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を公表し、同指針には罰則等はないものの、アニマルウェルフェアの施策について「非常に低調」と言われてきた日本もついに立ち上がったという印象は強まったところです。

そこで今回の記事ではEU競争法におけるアニマルウェルフェアの動きをご紹介し、今年、2024年以降の日本でのあり得るかもしれない規制の方向性としてお示ししたいと思います。

 

<目次>

 1.アニマルウェルフェアとEU競争法

 2.持続可能性に関する基準の達成に「不可欠」とは?―「不可欠性indispensability」判断のツーステップ―

  (1) ツーステップの判断基準

  (2) ガイドライン想定事例要旨:豚の飼育環境改善協定

 3.「不可欠」とは認められなかった事例 ―ドイツのITWの場合―

 4.日本のアニマルウェルフェアと独禁法のこれから

 

1.アニマルウェルフェアとEU競争法

EUがEU法の原則としていかにアニマルウェルフェアを重要な指針としているかは、基本条約であるEU機能条約(TFEU13条に、EUが最重要視するジェンダー平等や差別の禁止と並んでこの項目を設けていることからもうかがえるところです。

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EUの農業、漁業、運輸、域内市場、研究・技術開発、宇宙政策の策定および実施において、EUおよび加盟国は、動物が感覚を有する存在であることから、動物の福祉要件に十分配慮するとともに、特に宗教的儀礼、文化的伝統、地域遺産に関する加盟国の立法または行政上の規定および慣習を尊重するものとする。

 

アニマルウェルフェアは、EU競争法においても重要な役割を果たしています。乳製品や肉、野菜、果物などの食品のEU域内での販売基準を定めたEU規則1308/2013 (以下「CMOCommon Market Organisation:共通市場機構)規則」)の210a条(以下「210a条」)において、広義のアニマルウェルフェアである動物の健康及び福祉を、以下の要件を充たせば、競争制限的協定・協調的行為の規制であるTFEU101条1項の適用除外とすることを定めているためです。なお210a条は202112月に施行されています。

 

(仮訳)

  1. TFEU101条1項は、農産物の生産または取引に関連し、かつ、EU法または国内法で義務付けられている持続可能性に関する基準よりも高い基準を採用することを追求する、農産物の生産者の合意、決定および協調行為には適用されない。ただし、右の合意、決定および協調行為が、当該基準を達成するために不可欠(indispensable)な競争制限を課す場合に限る。
  2. 前項は、複数の生産者が当事者となる、または一つもしくは複数の生産者と流通を含む農業食品サプライチェーンにおける製造、加工、取引の異なるレベルの一以上の事業者が当事者となる、農産物の生産者の合意、決定および協調行為に適用される。
  3. 第1項において、「持続可能性に関する基準」とは、以下各号の一つ以上の目的に資することを追求した基準をいう:

(中略)

c

動物の健康及び福祉。

(後略)

 

ここで、アニマルウェルフェアが農業分野におけるサステナビリティのカテゴリの一つと位置付けられている点も興味深いですが、それはさておき、読者の皆さまの関心は、では「不可欠(indispensable)」とは何か、という点に移ろうかと思います。

 

2.持続可能性に関する基準の達成に「不可欠」とは?―「不可欠性indispensability」判断のツーステップ―

 

昨年(2023年)12月、「不可欠」の要件とは何かを明確化することを目的の一つとして、農業分野におけるサステナビリティ協定に関するガイドライン(以下「ガイドライン」)が定められました(ガイドライン1.3.(18))。ガイドラインは、農業食品業界の事業者が、210a条の下で、持続可能性に向けた共同取組がどのように可能となるかを明確にすることを目的としたものです。その内容はといえば本編のみで50頁に及ぶ詳細なものですが、本記事ではポイントのみをご紹介し、わかりやすさの観点から、ガイドラインで示された事例をお示しします。

まずガイドラインにおいて、「不可欠性」の検討はツーステップを踏むとされています。具体的な検討項目としては、まずアニマルウェルフェアに資する協定(以下「アニマルウェルフェア協定」)自体の不可欠性が、次に当該協定による競争制限の不可欠性が挙げられています。

 

(1)ツーステップの判断基準

ア.ステップ1:アニマルウェルフェア協定自体の不可欠性

①協定がなくとも同様に持続可能性の基準を実現できたか?

アニマルウェルフェア協定が、持続可能性の基準を達成するために合理的に必要か否かを判断するためには、当事者が協調によってではなく、単独行動により自力で持続可能性の基準を達成することが可能か否かを評価する必要がある、とされています。事業者には、なぜ協力の必要があるのか、何が自力での基準達成を妨げるのかを明らかにすることが求められます。そして評価の際には、市場の状況やビジネスの実態を考慮しなければならないとされています。

②協定で合意された条項は不可欠か?

アニマルウェルフェア協定の様々な条項が競争を制限するかどうかをチェックし、それらが持続可能性の基準を達成するために不可欠かを検討する必要があるとされます。例えば価格設定の制限を認証システムで代替できないか等、合意された条項が別のタイプの条項で代替可能でないかを検証する必要があります。

 

イ.ステップ2:競争制限の不可欠性

ステップ2の要点は、アニマルウェルフェア協定の各条項の競争制限性が、持続可能性に関する基準を達成するにあたり質・量両面で最小に抑えられているか、というものです。ステップ2の達成は、競争制限性の性質と程度に左右され、特に後者については、量的な側面と制限が生じる期間が判断要素であるとされています。

 

(2)ガイドライン想定事例要旨:豚の飼育環境改善協定

  • 事案の概要
    • 複数畜産農家が、食肉処理業者一社および食肉加工業者二社と、豚一頭あたりの飼育スペースを法定最低面積より増大させることに合意した。しかし現地の法令により豚の飼育スペースが制限されているため、協定に参加する畜産農家は、当該法令を遵守するためには飼育頭数を減らさざるを得なくなり、経営的に不利となる。
    • そこで同協定では、協定への参加を促すためのプレミアムとして、食肉加工業者が肉の販売1キロあたり1ユーロを畜産農家に追加で支払うことを定めた。これは、畜産農家が協定参加前の方法で豚を飼育していれば得られたであろう利益に相当する。
    • なお、食肉加工業者一社でも、参加農家の全生産量を処理し、その経済的負担をカバーすることもできただろうが、より持続可能な製品の市場を開拓すべく、新たな食肉加工業者が協定に参加している。
  • 検討ステップ1

              ①協定がなくとも同様に持続可能性の基準を実現できたか?

    • 畜産農家が単独で豚一頭あたりの飼育面積を増やすと、供給量の減少や販売価格の上昇により収入の一部を失い、場合によっては取引先へのアクセスも他の畜産農家に奪われる。また、畜産農家同士は協定を結ぶが食肉加工業者を参加させなかった場合、畜産農家同士は互いに対等な条件で競争するものの、協定に参加しない畜産農家と比べると、やはり不利な立場に置かれることになる。この場合、持続可能な方法で飼育された肉をより高く購入する取引先を見つけることも困難になり得る。したがって、単独行動ではなく、畜産農家自身と取引先である加工業者との間で協定を締結すること不可欠といえる。

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                  ②協定で合意された条項は不可欠か?

      • プレミアムの提供については、食肉加工業者が協定に従って飼育された豚を従来の価格で購入することを約するという代替策が考えられる。しかしその場合、畜産農家は持続可能性の基準を採用すると見返りなく飼育頭数を減らさざるを得ず、赤字で販売しなければならなくなる。したがってプレミアムも不可欠といえる。
      • 検討ステップ2:競争制限の質・量両面での不可欠性 
        • 農家に支払われるプレミアムに対する代替的な競争制限的手法として、食肉製品の総額または最低価格に関する協定を締結することが考えられる。しかし総額の場合、持続可能性の基準とは無関係な様々な生産コスト(例えば投入コスト、天候の具合、伝染病等)が含まれることになる。さらに、最低価格を持続可能性向上のためのコストが反映される高い水準に設定することで、生産者の努力に見合った対価を確保し得るが、投入資材、インフラ、製品の季節性等、豚肉の価格を構成する他の要素が将来的に変動する可能性を考慮しないことになり、合意された最低価格が農家のコストを正確に反映しなくなることが考えられる。したがってプレミアムは、農家が豚の飼育頭数を減らすことによって被り、また市場の変化によって他の価格構成要素が自由に変動する可能性に対応するための利益の損失を補填するため、不可欠なものであると考えられる。
        • 販売肉1キロあたり1ユーロに設定されたプレミアムが、畜産農家が従来の方法で豚を飼育していた場合と同じ生産高を得られなかったことによる損失と、畜産農家が協定を締結することを奨励するために、生じた費用と逸失利益に対する補償の20%未満のわずかなマージンを反映している場合、その支払いは不可欠といえる。このようなマージンがなく、単に追加的費用および逸失利益を補償されるのみであれば、畜産農家は持続可能性の基準を達成するために必要な努力を払わないかもしれない。
        • なお、イニシアティブに参加した畜産農家や食肉加工業者の数が不可欠かどうかは検討する必要がない

       

      3.「不可欠」とは認められなかった事例 ―ドイツのITWの場合― 

      以上のように、ガイドラインでは畜産農家と購入業者間の協定で合意されたプレミアムの支払いが「不可欠」と認められる事例が紹介されています。しかし同じく2023年の5月、ドイツでは、ドイツ連邦カルテル庁(FCO)により、同様の協定で義務的に支払われるプレミアム(以下「本件プレミアム」)が「不可欠」ではないために競争法上の懸念があると判断されました。

      同協定は2014年設立の「イニシアティブ・ティア・ウォール(Initiative Tierwohl)」(以下ITW)であり、生産者団体をはじめ、食肉加工、食肉流通、小売、食品産業関係者で構成されています(独立行政法人農畜産業振興機構「酪農大国ドイツにおける持続可能性への取り組み」)。FCOによれば主に拠出を行っているのは食品小売り大手4社です。

       

      ITWのHPより>

       

      ITWの基準を充たした食肉製品はITWの発行するラベルを表示できます。本件プレミアムについては、ITWが畜産農家に支払っていたのは豚一頭あたり5.28ユーロですので、一頭からとれる肉を50キロとしますと1キロあたりわずか0.1ユーロですが、結果的に本件プレミアムの拠出は廃止されました。そしてITWは新たに、同協定の基準を遵守することで畜産農家に生じる追加コストの補填方法について推奨を行うものの、当該推奨には拘束力はないということになったようです。

      日付けからわかるとおり、まだガイドラインが制定される前の事例であり、FCOの判断はガイドラインを特徴づける2ステップを踏んでいません。また、CMOが本件プレミアムの支払いが「不可欠」といえるかは疑わしいという結論にいたった判断過程については多くのことは語られず、以下のとおり短く公表がされたのみです。

      ITWが市場に定着し、多くの事業者が参加していること、及び強制的な価格の要素に頼らない競合ラベルが存在することに鑑みると、本件プレミアムが不可欠といえるかは疑わしい。

      この公表文からは、CMOが本件プレミアムが義務的に支払われる性質のものであった点を重視していることに加え、ITW会員の市場シェアに注目していることも伺えます。実際、2021年のドイツ産豚肉の34%がITW会員によって供給されたようであり、ITW会員の豚肉市場でのシェアは小さくはありません。

      そして注目すべきは、CMOが、2022年1月に始めた調査以来、もともと本件プレミアムには競争法上の懸念があったが導入段階では「プロジェクトのパイオニア的性質」(調査開始に関するプレスリリース)から「容認」してきた、という点を強調し、プレミアムをはじめとするアニマルウェルフェア協定に対する執行判断が、マーケットの趨勢とともに変わることを示した点にあります。このことは、EUとその加盟各国においてガイドライン施行後、たとえばあるアニマルウェルフェア協定の施策について競争法上問題がないという評価がいったん下された場合でも、マーケットの動きによっては違法と判断される可能性があることを示唆しているといえるかと思われます。

       

      4.日本のアニマルウェルフェアと独禁法のこれから 

      2023年以前の日本の独占禁止法をめぐる議論において、アニマルウェルフェアに関連するものはほとんどありませんでした。しかし公取委は2023年5月、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」を公表しています。1において言及したとおり、EU競争法においてアニマルウェルフェアは少なくとも農畜産業分野のサステナビリティの施策の一環と位置付けられており、EUでこれほどまでに議論が活発化している以上、公取委もの分野に2024年以降関心を向けていくことが考えられます。

       

       

      以上


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      • 福島 紘子
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