【I&S インサイト】米国における役員兼任規制(クレイトン法8条)の執行強化の動きについて
DATE 2022.12.23
執筆者:細川日色
はじめに
近年、合併等の企業結合に対する審査が厳格化している米国において1、役員兼任を規制するクレイトン法8条2についても執行強化の動きが見られます。
昨今の渡航制限の緩和等を受けて我が国企業による米国等の海外企業の買収が活発化しているとの報道もあるところ3、子会社管理のために日本本社の人材を役員派遣する場面も考えられるため4、かかる執行強化の動向には留意が必要と考えます。
米国における役員兼任規制について
1 クレイトン法8条(概要・規制目的)
クレイトン法8条は、競争事業者間における一定の役員兼任を禁止しています。規制の目的は、兼任役員等を通じた反トラスト法違反の機会や誘惑を取り除くことによって、反トラスト法違反の芽を摘むこと5、競争事業者間における事業上の意思決定に関する協調の機会を回避するとともに、競争事業者間の商業上のセンシティブ情報の交換を防ぐこと6にあるとされています。
2 違反要件等
(1)基本的な違反要件
クレイトン法8条は、2以上の会社における取締役(director)又は役員(officer)の兼任のうち、①各社が商業に従事しており、②各社が事業及び営業区域に関して互いに競争者であって、各社間の合意による競争の消滅が反トラスト法違反を構成することとなる場合であり、且つ③各社の資本金、積立金及び未処分利益の総計がそれぞれ4103万4000ドル7超である場合を違反要件として定めています8。
なお、親会社と完全子会社間の役員兼任については、本条は適用されないと解されている一方、それ以外の子会社との間の役員兼任への適用有無については不明確とされています9。
(2)間接的な役員兼任(indirect interlock)
役員兼任として最もイメージしやすいのは、同一の個人が2つの会社の取締役等を兼ねる場合(direct interlock)ですが、クレイトン法8条の規制対象はこれに限られません。すなわち、DOJ及びFTCは、同条の違反行為の主体である”person”には(自然人のみならず)会社等も含まれるとの解釈の下、異なる個人が2つの競争関係にある会社の取締役等となっている場合であっても、それらの個人がある単一の会社等から代表として派遣されて取締役等を務めている場合(serve as representatives of a single person or corporation)には、当該会社等が違反者となり得るとしています(indirect interlockの第一類型)10。
また他にも、同一の個人が競争関係にない2つの会社の役員等を兼任している場合において、当該会社の子会社同士が競争関係にあるとき(あるいは、役員を兼任している内の1社と、もう1社の子会社が競争関係にあるとき)についても、間接的な役員兼任が問題となり得るとされています(indirect interlockの第二類型)11。
(3)競争上の影響についての取扱い
競争者の役員を兼任する場合であっても、以下のように競争上の重要性が小さいと考えられる一定の場合については、本条の適用が除外されています12。
- 各社いずれかの競合売上(他社と競争関係にある商品役務の直近年度における総売上)が、410万3400ドル未満13である場合
- 各社いずれかの競合売上が、当該会社の総売上の2%未満である場合
- 各社いずれの競合売上も、それぞれ当該会社の総売上の4%未満である場合
以上の適用除外が認められる場合を除けば、上記①~③の要件を形式的に満たす限り、クレイトン法8条違反はいわゆる当然違法(per se violations)と解されており、当事者は競争上の損害(competitive injury)が無いことを理由として違反を正当化することはできないと解されています14。
(4)我が国規制(独占禁止法13条1項)と比べて厳しい規制であること
我が国における役員兼任は、兼任当事会社のうち1社の役員総数に占める他の当事会社の役員等の割合が過半である場合など、役員兼任によって結合関係が形成・維持・強化される場合に企業結合審査の対象となります15。また、このうち違法となるのは、かかる役員兼任により「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」に限られます。
こうした我が国規制と比べると、前記の形式的な要件を満たせば、適用除外に当たらない限りたった1名の役員兼任であっても競争への影響如何を問わず違反となり得る点、また間接的な役員兼任のロジックによって自然人のみならず法人も違反行為主体となり得る点で、クレイトン法8条は役員兼任についてより厳しい規制であるといえます。
クレイトン法8条の執行状況について
1 従前の執行状況と当局関係者による近時の執行強化の意向表明について
これまでのクレイトン法8条に関する当局の執行は、他の反トラスト法規制と比べて必ずしも積極的ではありませんでした。
FTCウェブサイトの2017年の記事16によると、FTCは、一般的にクレイトン法8条違反予防のための自主的管理(self-policing)に依拠しており、その結果、同条に係る訴訟案件は稀であるとされていました。
これに対し、本年4月のスピーチ17において、司法省反トラスト局長Jonathan Kanter氏は、以下引用のとおり、反トラスト法の執行強化の方策の一つとしてクレイトン法8条の積極利用を挙げ、これまで同条のエンフォースメントは、届出に基づく企業結合審査のプロセスにとどまっていたものの、幅広い経済分野において違反行為の発見のための取組みを強化しており、役員兼任を解消させるためのクレイトン法8条に基づく訴訟提起も辞さない旨、発言していました(下線は引用者による)。
2 2022年10月19日付けプレスリリースについて
このような執行強化の意向が表明されていたところ、司法省は、2022年10月19日、以下の5件の役員兼任に関し、反トラスト局によるクレイトン法8条違反の懸念を受けて、7名の取締役が辞任したと発表しました18。
① Definitive Healthcare Corp.及びZoomInfo Technologies Inc. (全米の営業・マーケティング等のチームが利用する市場参入のための情報及びインテリジェンスプラットフォームを提供)
② Maxar Technologies Inc.及びRedwire Corp. (宇宙関係のインフラ及び通信に係る製品・サービスを提供)
③ Littelfuse Inc.及びCTS Corp.(乗用車・商用車に使用されるセンサーやスイッチ等の輸送用の部品・技術メーカー)
④ Skillsoft Corp.及びUdemy Inc.(企業向けオンライン教育サービスを提供)
⑤ Solarwinds Corp.及びDynatrace, Inc.(アプリケーション・パフォーマンス管理(APM)ソフトウェアを提供)
以下引用のとおり、リリース文によれば、今回の発表は「潜在的に違法な役員兼任についてのより広範な審査の第一弾」であって、近時におけるクレイトン法8条の執行強化のステートメントに沿うものと言えます。また、当局は経済全体にわたって役員兼任に関する広範な調査を行って法執行を行う意向があり、クレイトン法8条の執行は引き続き反トラスト局にとっての最優先課題の一つであるとの方針が示されており、今後も当局による役員兼任に関する積極的な法執行が予想されます(下線は引用者による)。
前述のとおり、クレイトン法8条による禁止対象は、異なる個人がある会社等から代表として派遣されて複数社の取締役等を兼任する場合も含まれると解されているところ、例えばプライベート・エクイティ・ファーム/ファンド(PEF)においては、関連する事業分野の複数社の株式を取得するとともに、事業展開に積極的に関与して企業価値の向上を図るべく各社に自らの役員を派遣することがあり得ます。この場合、PEFの投資先の事業会社(ポートフォリオ・カンパニー)同士が競争者に当たれば、PEFが各ポートフォリオ・カンパニーに別々の役員を派遣していた場合であっても、当該PEF自身がクレイトン法8条違反に問われる可能性があります。
2022年10月19日付けプレスリリースにおいても、ある個人が投資会社の代表として競争関係にある2社の取締役となっていたケース(”4. Skillsoft Corp. and Udemy Inc.”及び”5. Solarwinds Corp. and Dynatrace, Inc.”)について、当該個人だけでなく投資会社自身も2社の取締役を同時に兼任していたとの懸念が示されており19、当局がクレイトン法8条の違反行為主体である”person”について自然人以外も含めて解釈していることが窺われます。
3 実務上の留意点について
昨今の渡航制限の緩和等を受けて、日本企業による米国等の海外企業の買収が活発化しているとの報道もあるところ、こうした海外M&Aにおいては子会社管理として日本本社の人材を役員派遣することがあり得ます。
また、既存の役員兼任に関しても、特にデジタル分野など競争環境の変化が非常に激しい市場においては、役員就任時から競争関係に大きな変化が生じている可能性も考えられます。例えば、Google社の当時のCEOエリック・シュミット氏が2006年8月にApple社の取締役に就任した後、翌年にはApple社によるiPhoneの発売やGoogle社によるAndroidの発表等があり、両社のモバイル端末及びOS分野等における競争関係が激化していたところ、2009年5月にはFTCがエリック氏らによる役員兼任について調査を開始したことが報じられています2021。
本稿で概観したとおり、クレイトン法8条は独禁法上の役員兼任規制と比べても厳しい規制であり、また親会社と100%子会社以外のグループ会社との役員兼任への適用有無など未だ不明確な部分も多い22ところ、近時の当局による一連の発表によれば同条の積極的な執行は今後も続くことが予想されるため、かかる執行強化の傾向には留意が必要と考えます。
- 司法省反トラスト局長Jonathan Kanter氏による2022年9月13日のスピーチでは、本年度は、合併等に対する訴訟提起が過去の年度と比べて最も多くなるとの見通しが示されています(DOJ Press Release (September 13, 2022) “Assistant Attorney General Jonathan Kanter Delivers Keynote Speech at Georgetown Antitrust Law Symposium”)。
- Title 15 of the United States Code §19. Interlocking directorates and officers (以下、”15 U.S.C. §19”)
- ロイター・2022年7月7日付け「アングル:日本企業の海外M&A、円安でも再加速へ コロナ禍で抑制」、ブルームバーグ・同年10月12日付け「日本関連M&A活発化、円安など追い風に案件2割増-三菱モルガン」
- 経済産業省我が国企業による海外M&A研究会・平成30年3月公表「『我が国企業による海外M&A研究会』報告書」・68-69頁
- U.S. v. Sears, Roebuck & Co., 111 F. Supp.614, 616(S.D.N.Y. 1953)
- Square D Co. v. SCHNEIDER SA, 760 F. Supp. 362, 366 (S.D.N.Y. 1991)
- 規定上は1000万ドルであるところ、15 U.S.C. §19(a)(5)に基づいて、毎年度、金額が調整されています。2022年12月現在の金額は、本文記載のとおりです(2022年1月24日付けRevised Jurisdictional Thresholds for Section 8 of the Clayton Act”参照)。
- 15 U.S.C. §19(a)(1)
- ABA Antitrust Law Section, Antitrust Law Developments (9th ed. 2022)・459頁参照
- 前掲注9・460-461頁参照
- 前掲注9・461-462頁
- 15 U.S.C. §19(a)(2)
- 前掲注7と同様、15 U.S.C. §19(a)(5)に基づいて、毎年度、金額調整がされています。
- Remarks of J. Thomas Rosch Commissioner, Federal Trade Commission before the University of Hong Kong)(September 11, 2009) “Terra Incognita: Vertical and Conglomerate Merger and Interlocking Directorate Law Enforcement in the United States“・17-18頁
- 公正取引委員会・平成16年5月31日付け「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」第1、2(2)
- “Have a plan to comply with the bar on horizontal interlocks”(January 23, 2017)
- DOJ Press Release (April 4, 2022) “Assistant Attorney General Jonathan Kanter Delivers Opening Remarks at 2022 Spring Enforcers Summit”
- DOJ Press Release (October 19, 2022) ”Directors Resign from the Boards of Five Companies in Response to Justice Department Concerns about Potentially Illegal Interlocking Directorates”
- 例えば、“Skillsoft Corp. and Udemy Inc.”においては、” One director served simultaneously on the boards of both companies, as did the investment firm Prosus, through that director, because he represented Prosus on both boards at the same time.”とされています。
- The New York Times “Board Ties at Apple and Google Are Scrutinized” (May 4, 2009)
- エリック氏はその後、2009年8月3日に「利益相反の可能性」等を理由として、Apple社の取締役を辞任しています(Apple社の2009年8月4日付けプレスリリース)。
- 例えば我が国企業同士の役員兼任などの場合にクレイトン法8条の域外適用があり得るかについても不明確です(米国外企業に対する本条の適用例として、DOJが米国外企業と同意判決(consent decree)を得た事例参照(DOJ Press Release(July14, 2016)“Tullett Prebon and ICAP Restructure Transaction after Justice Department Expresses Concerns about Interlocking Directorates”))
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